ダイアモンズ・アンド・パールズ:スーパー・デラックス・エディション/プリンス&ザ・ニュー・パワー・ジェネレーション
プリンスにとって1980年代後半というのは、わりかし微妙な時期で。1984年の『パープル・レイン』と翌年の『アラウンド・ザ・ワールド・イン・ア・デイ』と、2作の全米ナンバーワン・アルバムをかっ飛ばしたあと、1986年の『パレード』、1987年の『サイン・オヴ・ザ・タイムズ』、いったんお蔵入りした1987年の『ブラック・アルバム』、1988年の『ラヴセクシー』…とアルバムを重ねるごとに、なんというか、こう、聞く側の価値観をぐらぐら刺激するような攻撃性とか、自分の内側にどんどん入り込んでいくような内省的なベクトルとか、超えがたいバリアのようなものが強まってきた感じもあって。
もちろん、内容的にはものすごく手応えのある仕上がりではあったのだけれど、気楽に聞けなくなってきたような。まあ、少なくともぼく個人はそんな感じでプリンスの音楽を受け止めていた。実際、セールス的にはそれまでの勢いを維持できなくなっていたようで…。
けど、その後、1989年の映画『バットマン』とか、映画『パープル・レイン』の続編とも言うべき1990年の映画『グラフィティ・ブリッジ』とか、そのサウンドトラック盤がサントラならではの気楽さ、親しみやすさもあってか、大当たりして。さらにシネイド・オコナーがプリンス作の「ナッシング・コンペアーズ・トゥー・ユー」を世界中で大ヒットさせたこともあいまって、またまたプリンスの勢いが盛り返してきて。
そんな流れに乗って出たアルバムが1991年の『ダイアモンズ・アンド・パールズ』だった。発売日が2回も延期されたり、試聴用カセットテープの回収騒ぎがあったり。『ブラック・アルバム』の二の舞かと焦ったものだが、なんとかちゃんとリリースされて。大喜びでゲットしたことを覚えている。先述した一連のサントラに漂っていた気楽さとか、バラエティ豊かさのようなものが引き継がれていて盛り上がったっけ。
『ラヴセクシー』以降打ち出していた“ニュー・パワー・ジェネレーション”というコンセプトをついにバンド名に冠してみせた1枚。顔ぶれ的にはほとんど前年のヌード・ツアーをバックアップしていた面々ではあったけれど、とにかく心機一転感に胸が高鳴った。まさかその後ほどなく名前をシンボル・マークへと変えちゃうことになるとは思わなかったけど…(笑)。
ラップをフィーチャーしたグルーヴものから、独特のジャンプ感をたたえたファンキーなもの、軽いジャズふうのもの、ゴスペル・フィーリング全開のもの、ソウルフルなバラードもの、そしてまるで70年代アダルト・コンテンポラリーのようなメロウなミディアムものまで。散漫っちゃ散漫なのかもしれないけれど、その全てに共通して漂う、アナーキーに撹拌された“ポップな混沌”がたまらないアルバムだった。
その豪華拡張版が『ダイアモンズ・アンド・パールズ:スーパー・デラックス・エディション』。7CD+1ブルーレイの豪華箱だ。2019年の『1999』、2020年の『サイン・オヴ・ザ・タイムズ』に続くスーパー・デラックス・シリーズの第3弾だ。7枚のCD中、もちろんCD1がオリジナル・アルバムの最新リマスター。CD2が別ミックスやシングル・エディット集。
CD3〜5が発掘未発表音源集。これがすごい。ここが目玉。ロージー・ゲインズがやがて1995年のアルバム『クローサー・ザン・クロース』で取り上げることになる名曲「マイ・テンダー・ハート」をはじめ、チャカ・カーン、ジェヴェッタ・スティール、マルティカ、エル・デバージ、メイヴィス・ステイプルズらへの提供曲のプリンス版デモとか、オリジナル・アルバム収録曲の初期ヴァージョン的な音源とか、「グラム・スラム」のリメイク版とか、未発表曲「アリス・スルー・ザ・ルッキング・グラス」とか、亡くなったばかりのマイルス・デイヴィスに捧げたインスト曲とか、伝説のペイズリー・パーク・ヴォルトからの蔵出し音源が計33曲。
で、CD6と7が1992年1月、ミネアポリスでのライヴ。ほんの一部、近年発掘リリースされた曲も入っているけれど、基本的には未発表音源だ。これもうれしい。ブルーレイはそのときのライヴ映像の他、1991年7月のライヴ映像、未公開サウンドチェック映像、さらに1992年にVHSとレーザーディスクで出た『ダイアモンド・アンド・パールズ~ビデオ・コレクション』などが入ってます。ということで、全75曲+映像3時間のうち未発表音源47曲+未発表映像2時間超。ブックレットは120ページ。アナログもあるけれど、そちらはLP12枚+ブルーレイ。覚悟がいります(笑)。
すっごい人だったな、と改めて。