ジ・アサイラム・アルバムズ(1976〜1980)/ジョニ・ミッチェル
ジョニ・ミッチェル自らがキュレーターとなって、米ライノ・レコードとタッグを組みつつ、貴重な過去音源に様々な形で改めてスポットを当てる“JMA(ジョニ・ミッチェル・アーカイヴス)”。
大きくふたつのシリーズに分かれていて。ひとつは貴重なアウトテイクやら別ヴァージョンやら未発表曲やらライヴ音源やら、時代ごとのレア音源を集めた“アンリリースト・マテリアル”シリーズ。アルバム・デビュー以前、63〜67年の貴重音源を総まくりした『アーカイヴス Vol.1:アーリー・イヤーズ(1963〜1967)』、リプリーズ・レコードからデビューした時期の初期レア音源集『アーカイヴスVol.2:リプリーズ・イヤーズ(1968〜1971)』、アサイラム・レコードに移籍後のレア音源集『アーカイヴス Vol.3:アサイラム・イヤーズ(1972−1975)』。この3つがそれぞれCD5枚組ボックスセットとしてリリースされている。
もうひとつが“アルバム・リマスターズ”シリーズ。こちらは、まずリプリーズ・レコードから出た初期4作のオリジナル・アルバム、『ジョニ・ミッチェル(Song to a Seagull)』(1968年)、『青春の光と影(Clouds)』(1969年)、『レディーズ・オヴ・ザ・キャニオン』(1970年)、『ブルー』(1971年)をひと箱にまとめた『ザ・リプリーズ・アルバムズ(1968〜1971)』と、アサイラム・レコードへ移籍してからの4作、『バラにおくる(For the Roses)』(1972年)、『コート・アンド・スパーク』(1974年)、そして初のライヴ盤『マイルズ・オヴ・アイルズ』(1974年)、『夏草の誘い(The Hissing of Summer Lawns)』(1975年)をまとめた『ジ・アサイラム・アルバムズ(1972〜1975)』。どちらもCD4枚組でのリリースだった。
で、そのJMAの続編が出ました。今回は“アルバム・リマスターズ”シリーズのほう。アサイラム在籍時の続編というか、『逃避行(Hejira)』(1976年)、『ドンファンのじゃじゃ馬娘(Don Juan's Reckless Daughter)』(1977年)、『ミンガス』(1979年)、そしてライヴ第2弾『シャドウズ・アンド・ライト』(1980年)を詰め込んだボックスだ。アルバムごとにオリジナル・アートワークで復刻された個別のジャケットにそれぞれ収められているのだけれど、今となってはいろいろ論議が巻き起こりそうな『ドンファン…』のジャケットだけは今回新装されました。『シャドウズ…』がCDでも2枚組なので今回はCD5枚組。LPだと『ドンファン…』もオリジナル・リリース通り2枚組になっているので6枚組です。さらに今回はQuadio(4チャンネル)版CDボックスもあり。
デビュー初期はキャロル・キングあたりとともに北米の女性シンガー・ソングライター・シーンを代表する存在として、アコースティックな手触りをたたえた名盤を次々発表してきたジョニさんだったけれど、アサイラム移籍後はトム・スコット、ロベン・フォード、ウィルトン・フェルダー、ジョー・サンプル、ラリー・カールトンらを起用して、より柔軟で緻密なフュージョン/クロスオーヴァー的な音世界も提示するようになって。
で、今回のボックスセットに収められた時期になるとその方向性がさちらに深化。ジャコ・パストリアス、ハービー・ハンコック、ウェイン・ショーター、ドン・アライアス、ピーター・アースキン、エミル・リチャーズ、パット・メセニー、ライル・メイズ、アレックス・アクーニャ、アイアート・モレイラらが起用され、音楽的により高度なアプローチが展開されるようになった。
『逃避行』の原題“Hejira”というのは“旅立ち”“出エジプト記”、もっとも象徴的にはイスラムの預言者ムハンマドと彼の教友たちが622年、メジナへ大移住したことを表わすアラビア語だそうですが。ジョニ版ロード・アルバムとも言うべきこの作品、彼女にとっても大きな旅立ちだったということか。
「私の音楽は、瞬時に心をつかむようにはできていません。私の音楽は、一生着られる上質な布のように、歳月を経ても持ちこたえられるように作られているんです」
彼女は当時、そんなふうに自身の楽曲を解説していた。が、そうしたある種かたくなな姿勢の反映でもあったか、1970年代後半に入ると彼女の音楽からは徐々にキャッチーさ、親しみやすさが薄れ、より繊細かつ複雑で、即興性や難解さをたたえたものが増えていった。そのせいか、『コート・アンド・スパーク』(全米チャート最高位2位)や『マイルズ・オヴ・アイルズ』(2位)、『夏草の誘い』(4位)のころと比べると、『逃避行』が13位、『ドンファン…』が25位、『ミンガス』が17位、『シャドウズ・アンド・ライト』が38位…とチャート戦績はちょっとずつ減衰していくことになるのだけれど。とはいえ、一般的な売れ行きがすべてではないし。とにかく音楽的には最高。極上。今回のボックスセットで接し直して、改めて思い知る。
あと、上記のようなジャズ系の顔ぶれとともに、たとえば『逃避行』にはニール・ヤングが参加してハーモニカを吹いていたり、『ドンファン…』にはグレン・フライとJ.D.サウザーがコーラスしていたり。新旧人脈の不思議な、でも魅力的な交錯具合もまたなんとも味わい深い。ライヴ盤『シャドウズ・アンド・ライト』でパースエイジョンズを従えて披露されるアップテンポ・ドゥーワップ「ホワイ・ドゥ・フルーズ・フォール・イン・ラヴ」のカヴァーとか、こういう世界観が突然ぶち込まれてくるあたりもスリリングでたまらない。なんだかフランク・ザッパを思い起こさせるような…。
今回のボックスのライナーを書いているのは、ジョニさんの親友でもあるメリル・ストリープ。“ジョニが私たちに届けてくれるのは、音楽と歌詞という人工物だけではありません。彼女の芸術性は私たちに、私たち自身に、変化をもたらしてくれまけす。彼女は私たちの周囲や内側にあるいろいろなものを変えてくれます。そして、それこそがアーティストが世界を変える方法なのです”とか書いてあって。なかなか。
この時期のレア音源集もきっと間もなくリリースされることでしょう。楽しみだなぁ。次も5枚組だろうから、またお高いんでしょうけど。仕方ない。うー、うれしい悲鳴…。