
カムズ・イン・ウェイヴズ/カーリー・サイモン
テイラーが彼氏と別れるたび、その日々のあれこれを歌詞に託して赤裸々に告白してみたり、オリヴィアとサブリナが元カレ/今カレを巡って互いの恋愛日記を投げつけ合ってみたり。まあ、今なお現実の恋模様を巡るおノロケ曲とかディスり曲とか、そういうのはいろいろ飛び交い続けているわけですが。
ある意味、その元祖的な存在がカーリーさんかなと思う。「うつろな愛(You’re So Vain)」とか、1973年初頭に全米ナンバーワンに輝いたヒットだから、もう半世紀以上前の曲だけれど。自分を捨てた身勝手なかつての恋人(それが誰か、当時からあれこれ取り沙汰されました。どうやらウォーレン・ベイティらしいけど)に対して、過去の薄っぺらいかっこつけぶりを羅列して、“うぬぼれ屋さん。きっとこの曲も自分のことを歌ったものだと思っているんでしょうね”と突き放す感じに、当時まだ高校生だったぼくも思わずブルったものです。
その年、ジェイムス・テイラーが初来日した際、当時まだ新婚ほやほやだったカーリーも一緒にやってきて。確か新宿の厚生年金会館かどこかのコンサートのアンコールに登場してこの曲を歌ったっけ。主役以上に観客が沸いて、JTがなんとも複雑な表情をしていたことも覚えている。
女性シンガー・ソングライターとしてはジョニ・ミッチェルやキャロル・キングあたりのちょっと後に出てきたこともあって、後塵を拝した感もあるカーリーさんですが。前述した私的な恋愛模様を自身の楽曲に取り込む巧みさとか、ヒットチャートとの親和性とか、軽やかなたたずまいとか、複合的な意味合いではこの人こそテイラー・スウィフト以降の女の子シンガー・ソングライターの登場へと直結する人なんだろうなと思う。
と、そんなカーリー・サイモン。83歳にして、オリジナル新曲中心のアルバムとしては17年ぶりだか18年ぶりだかになる新作『カムズ・イン・ウェイヴズ』を届けてくれました。マーサズ・ヴィンヤードの自宅でのレコーディングで、かつての夫、ジェイムス・テイラーとの間に生まれたベン・テイラー、サリー・テイラーも参加している。
ブランクが長かったこともあってか、楽曲的にはけっこう前に作られた曲なども交えられていて。オープニングを飾るデヴィッド・スペンサーとの共作曲「ハウル」も10年前に作られたみたいだし、ノスタルジックなピアノ・バラード「ザ・ファーザー・ドーター・ダンス」は劇作家アーネスト・トンプソンと作曲家ジョー・デローと共同で舞台『黄昏(On Golden Pond)』のために書き下ろしたもので、2011年、コンピレーション『On Golden Pond: Back Where It All Begun』にカーリーのヴォーカル・ヴァージョンも収められていたし、マーサズ・ヴィンヤードの家族への敬意を表した「フォー・イン・ザ・モーニング」は2024年に他界したジョン・ベルーシの未亡人ジュディとの共作曲だし…。
さらに、1971年のセカンド・アルバム『アンティシペイション』の収録曲だった「シェアー・ジ・エンド」もオリジナル・ヴァージョンの最新リマスターで再録。これは去年、今の社会・政治情勢に対する強いメッセージとしてもストリーミングされたりしていたもので。その際、カーリーは“「シェアー・ジ・エンド」はずっと静かだけれども力強い、隠れた名曲だと感じていました。世界中で戦争が起こり、本物も偽物も含めた専制君主が跋扈し、分断、不誠実さが渦巻く現代、初レコーディングから50年以上を経た今なお、世界はまるで、going up in flames(炎に包まれている)という歌詞のままに思えます”というようなコメントを出していたっけ。
そういう意味では、全キャリアに及ぶ持ち味制覇というか。現実の恋というか、関係性を歌った曲ももちろん入っていて。弦楽とコーラスをバックに歌われる「メイビー・アイ・ネヴァー・ラヴド・ユー」とか、もうタイトルからしてやばい。「うつろな愛」どころじゃない。これ、たぶん歌いかけてる相手はJTだよね? 長年の関係を物憂げに振り返り、未解決のままの余韻を残して締めくくられる1曲です。娘のサリー・テイラーが7歳だったころに思いを馳せて、なぜあなたを離婚した家庭の子にしてしまったのだろう…とか切々と綴る「マザー・オヴ・パール」とかにもJTの影が…。
桃とか、ダンスとか、あなたとか、自分がどうしても賛同できない“おいしくて、楽しくて、魅力的なもの”についていたずらっぽく思索を巡らせる「ピーチズ」みたいな曲もいい。軽やかで洗練された繊細さみたいなものがみなぎっていて。
エンディングには「シェアー・ジ・エンド」を共作したジャーナリスト、脚本家、作詞家のジェイコブ・ブラックマンと、彼の妻だった故ミンディ・ジョスティンが参加してくすくす笑っているような短いコーダみたいなものが入っていて、アルバム全体の感触をさらに穏やかなものへと導いてくれる、みたいな。
先日、自身がパーキンソン病を患っていることを公表し、皮膚がんの手術から回復中であることも明かしたカーリーさん。でも、負けることなく新作アルバムを作り上げてくれました。なんかよくわかんないけど、この人にはできるだけ長く、幸せに暮らし続けてほしいなー。そう願います。

