
ライド・ロンサム/ベック
大注目盤なので。今さらぼくがこんな弱小ブログで取り上げるまでもないのだろうけど。やっぱこの人いいなぁ…と、改めて思い知らされたものだから。とりあえずざっくりと紹介だけさせてもらいます。
ベックの新作『ライド・ロンサム』。デビュー以来、自在に、奔放に、ブルースもヒップホップもファンクもエレクトロニカもサイケもポップも、強靱な胃袋で片っ端から食べまくってきたベックながら。彼は今、またここにいる、という感じの1枚。
2002年の『シー・チェンジ』や2014年の『モーニング・フェイズ』を想起させる、あの世界観。そう。アコースティック・ギターを抱えて、いい曲を書いて、淡々と歌い綴る、そんな静かなシンガー・ソングライターとしてのベック。いやもちろん、けっしてこれが原点回帰とかそういうことではなく。今、ベックはこのフェーズにいるってだけだとは思うけれど。
かといって、はい、今回はこのパターンね…的な、自分の中の音楽性の引き出しのひとつを順に披露している感じでもなく。ずいぶんと長い音楽的放浪の旅を続けてきた彼が今、56歳を迎えて、このフェーズに現在進行形の居場所を見つけているという事実がしみる。なんだか納得させられてしまう。『シー・チェンジ』の続編的な色合いをたたえながらも、あのアルバムから24年という時の流れが、ここに収められた曲のひとつひとつにしっかりと刻み込まれているし。
『シー・チェンジ』や『モーニング・フェイズ』などを支えたジョーイ・ワロンカー、ジャスティン・メルダル=ジョンセン、スモーキー・ホーメル、ロジャー・マニング、ジェイソン・フォークナーらが今回も再結集。ナイジェル・ゴドリッチは今回はミックス・エンジニアとして関わっている。プロデュースはベック自身。
思えば『モーニング・フェイズ』のラストを飾っていた曲は「ウェイキング・ライト」だった。それに対し、今回は「ビヨンド・ザ・ライト」。光の中で目覚めるのではなく、光の向こう側へ――と、ついついそんなふうに聴きたくなる。これもまた年輪ゆえの思いか。そう思うと、オープニングを飾るアルバム・タイトル・チューン「ライド・ロンサム」の曲名も、なんだか意味深に思えてきたりして。
孤独を克服しよう、と歌っているわけではない。孤独なら孤独のまま、とにかく道を探し、泣くだけ泣いて、それでも帰る場所を探しながら孤独を乗りこなしていく…。
ベックはこの曲について、マーティンD-28でEコードを鳴らすと、ハンク・ウィリアムズに通じるような “beautiful world-weariness”、つまり“美しき厭世”的な感覚が呼び起こされる、と語っている。ハンク・ウィリアムズの悲しい歌を聞いても単に暗くなるわけではない。つらいことを経験した人間が、それでも音楽によって先へ進めるような感覚があるのだ、と。なるほど。アルバム全体に流れているのは、まさにその感じなのかもしれない。
確かにアルバム全体にカントリーの香りが色濃く流れてはいるけれど、ありがちなカントリーではなく、たとえばジミー・ウェッブがグレン・キャンベルに提供したような、雄大な、広漠たる土地と時間軸をひとりで移動していく者のための音楽としてのカントリー。アルバムを通じて繰り返し現れる道、川、峡谷、嵐、月、夜、光といった風景を描く言葉が、そのまま人間の内省へと置き換わっていく。
そして、そんな広大な風景を描きながら、歌っていること自体はとても個人的で、親密だ。今さらながら、いいソングライター、いいシンガー、いいストーリーテラーだと思う。ここには本人出演のビデオクリップを乗せたけど、「イン・ザ・ナイト」にはドニ・ラヴァンが、「ラン・アウェイ」には浅野忠信がそれぞれ主演していて。そっちも泣けます。
昔、初来日公演でヌーディーズのジャンプスーツみたいなやつに身を包んでライヴやってたときにも思ったけど。このクリップでジョシュア・ツリーを背景にたたずむベックとか見ていると、『オディレイ』のころからくどくど繰り返してきたことながら、やっぱりグラム・パーソンズが二重映しになりますなぁ。

