Disc Review

Ten Years of Harmony (2021 UHQCD/MQA reissue) / The Beach Boys (Universal Music Japan)

テン・イヤーズ・オヴ・ハーモニー/ビーチ・ボーイズ

今年、結成60周年を迎えるビーチ・ボーイズ。ぼくが彼らのことを好きになったのは、本ブログでも何度か書いた通り、デビューからだいぶ遅れた1969年で。まあ、そこから数えても、もう50年以上。えんえん追いかけ続けているわけだけれど。

いちばんわくわく楽しんでいたのはいつごろだったか、ふと思い返してみると。昨日のエントリーでも触れた1979年、江ノ島海岸で催された野外フェス、ジャパン・ジャムのために彼らが来日を果たした前後の時期かも。そんな気がする。

というのも、ほんと、そのころはビーチ・ボーイズ周辺には謎が多くて。ファンとしては超手探り状態。幻の『SMiLE』のことなんか、まじ、何ひとつ知らなかった。あのころのビーチ・ボーイズ・ファンは誰もがそうだったと思う。これは2017年に出した『50年目のスマイル〜ぼくはビーチ・ボーイズが大好き』という本でも書かせてもらったことなのだけれど。

ぼくが『SMiLE』という幻のアルバムの存在を知ったのはポール・ウィリアムス(シンガー・ソングライターの、ではなく、ロック・ジャーナリストの)の著書『アウトロー・ブルース』内の「ブライアン」とういう章を読んで。あの本は1969年に米国で出版されたものだが、日本版翻訳が出たのは1972年。どう考えてもすぐに読んだとは思えないし、ぼくはすでに大学生になっていた気もするので、たぶん1974年ごろになってようやくその情報に本格的に接したのだろうと思う。

とはいえ、文字で読んだところで実態は何もわからない。その後、1980年に英国で編纂された『ザ・キャピトル・イヤーズ』というビーチ・ボーイズのLP7枚組ボックスセットが出たとき、“タイムレス”と名付けられたディスク5のA面がぼくを大いに刺激してくれた。そこにはアルバム『スマイリー・スマイル』から5曲(「グッド・ヴァイブレーション」「ウィンド・チャイムズ」「ヴェジタブル」「ワンダフル」「英雄と悪漢」)、『20/20』から2曲(「アワ・プレイヤー」「キャビネッセンス」)、計7曲の『SMiLE』収録予定曲が並べられ、もし『SMiLE』がお蔵入りせずにリリースされていたらどうなっていたか、その完成図を既出公式音源によって幻視しようと試みられていた。

すでに『SMiLE』の全貌が公式音源でほぼ明らかにされている今から思うとずいぶんといじましい話なのだが、当時としてはこれでも画期的だった。少なくともぼくは十分に刺激され、以降、『スマイル』というアルバムの存在を強く意識するようになった。

そして、アメリカでは1978年ごろ出回り始めたという『ザ・プライス・テープ』なるカセットを手に入れた。これはビーチ・ボーイズ関連の資料本なども出版している作家のバイロン・プライスがデニス・ウィルソンを通じて入手してリークしたと言われている未発表音源集で。「ドゥ・ユー・ライク・ワームス」「ファイア」「キャント・ウェイト・トゥー・ロング」「オールド・マスター・ペインター」「バーンヤード」といったタイトルの未発表音源が収められていた。ぼくが手に入れたのは、たぶんコピーのコピーのコピーぐらいの代物だったと思う。ダビングを繰り返したことによるヒス・ノイズがひどかった。けれど、それがまた『SMiLE』をめぐる謎をより魅惑的に増幅させてくれた。ぼくにとって、これが『SMiLE』絡みの初ブートだった。

その数年後、1985年か86年に海賊盤LPを手に入れ、87年にはいよいよ海賊版CDも登場。以降はもう『SMiLE』関連のブートの嵐がやってくることになるわけだけれど。そうなる前。まだ何もよくわからなかった1980年前後。ビーチ・ボーイズの新旧公式音源を一所懸命聞き込みながら、確かな情報などまるっきりない中、深い深い謎に思いを巡らせつつ、身勝手な妄想をたくましくするしかなかったあの日々。あのころがいちばん楽しかったのかも。

またまた長い前置きになってしまって申し訳ない。で、その時期に、やはりとてもよく聞き込んだビーチ・ボーイズのベスト盤が、今日紹介する『テン・イヤーズ・オヴ・ハーモニー』だった、と。そういう話です。

オリジナル・リリースは1981年12月。1980年代という新たなディケイドに入ったのを機に、そこまでの10年間(正確には1969~80年)を集大成したLP2枚組コンピレーションだった。基本的には古巣キャピトル・レコードを離れて、ブラザー/カリブ・レコードの下で活動していた時期の音源集。シングル・リリースを中心に編まれていたが、日本ではリリースされなかったシングル・ヴァージョンや、ここで初めて公式にお披露目されたお蔵入り音源なども含まれており、発売当初ファンを狂喜させたものだ。

後に米国でCD化もされたけれど、その際、LPではシングル・ヴァージョンで収められていた曲がアルバム・ヴァージョンに差し替えられていたり、曲によっては新たな未発表テイクに変更されていたり…。ずいぶんとややこしいことになった曰く付きのベスト盤。去年の暮れ、こちらで紹介した一連のベスト盤CD化の流れで、こちらも世界初の紙ジャケ化再発が実現した。

去年の暮れに出た5種がすべて日本で独自に編纂された1枚もののベスト盤だったのに対し、こちらは米国で編まれた2枚組。その米国盤LPで使われたオリジナル・アナログ・テープを基にした2020年DSDマスターを352.8kHz/24bitに変換してハイレゾCD(MQA-CD+UHQCD)に収録したという仕様だ。もちろん普通のCDプレーヤーでも再生OK。これは見逃せない。

「カリフォルニア・サガ/カリフォルニア」「ロックン・ロール・ミュージック」「クール・クール・ウォーター」「スクール・デイ」あたりがシングル・ヴァージョン。1979年の映画『アメリカソン』のサウンドトラックに提供された「イッツ・ア・ビューティフル・デイ」もシングル・エディット・ヴァージョンでの収録だ。「サン・ミゲル」はアルバム『サンフラワー』セッションからの、「シー・クルーズ」はアルバム『15ビッグ・ワンズ』セッションからのそれぞれお蔵音源。「リヴァー・ソング」はビーチ・ボーイズ名義ではなくデニス・ウィルソンが1977年にリリースしたソロ・アルバム『パシフィック・オーシャン・ブルー』からのナンバー。「ダーリン」は1973年のLP2枚組ライヴ『ザ・ビーチ・ボーイズ・イン・コンサート』からの音源。ただし、「カム・ゴー・ウィズ・ミー」は米CDに突然ぶちこまれた未発表ヴァージョンではなく、正しいアルバム・ヴァージョンです。

まだまだビーチ・ボーイズ音源の編纂作業が体系的に行われていなかった時代のコンピレーションだけに、様々な混乱が見受けられたわけだけれど。こういう混乱が、またぼくたちファンの想像力を大いに刺激してくれたものだ。1974年に出た『エンドレス・サマー』、75年の『スピリット・オヴ・アメリカ』、81年の本盤、そして82年の『サンシャイン・ドリーム』。この2枚組ベスト4作計8枚を、1980年代前半には繰り返し繰り返し楽しんでいたっけ。

今回の紙ジャケ再発盤、改めて聞き直しながら、そんなことをじんわり思い出して、遠い目になっちゃいますよ…。

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