Disc Review

NY to Norway & Back: Songs from the Lock Down / Chip Taylor, Gøran Grini (Train Wreck Records)

ニューヨーク・トゥ・ノルウェイ・アンド・バック/チップ・テイラー、ヨラン・グリニ

内海桂子師匠、他界。享年97。その昔、寄席で堪能させてもらった漫才での切れ味はもちろん、近年のTwitterでのご活躍とかも含めて、“気っぷがいい”というのがどういうことなのか、そんな伝統的/文化的な“感触”の生き証人でした。ご冥福をお祈りします。

そういう、往年の文化や伝統の担い手にはいつまでも元気でがんばってほしいなと思う。若い世代への継承、というのも大事だけれど、やはりその文化そのものを体現している世代ならではの深みというか、説得力というか、そういうリアルな“感触”だけは、ある種継承不可能みたいなところがどうしてもあるし。

まさに今日、輸入盤が発売になったダン・ペンのニュー・アルバムを、まあ、まだフィジカルが手元に届いていないのでとりあえずストリーミングでさっそく味わいながら、そんな思いを新たにしていたところだった。こちらのアルバムはまだ聞き始めたばかりなので、盤が届いてから、来週にでも本ブログで紹介しようかと思ってますが。

現在78歳というダン・ペンと並ぶ大ベテラン、チップ・テイラーの新作も出た。今日はこちらを紹介しましょう。

チップ・テイラーも、もう80歳だとか。びっくり。あ、いや、でも、そりゃそうか。ぼくがこの人の名前を初めてちゃんと意識したのは1970年代半ば。渋谷のBYGだったかブラックホークだったか、どこかのロック喫茶でこの人が1971年にリリースしたデビュー・アルバム『ガソリン』を聞いたのが最初だった。

メリリー・ラッシュに提供した自作曲「エンジェル・オヴ・ザ・モーニング」のセルフ・カヴァーとか、キャロル・キング作の「ホーム・アゲイン」のカヴァーとか、完成度の高いカントリー・ロック・サウンドに乗せて淡々と綴ってみせていて。けっして派手な作品ではなかったものの、なんとも抗しがたい魅力をたたえた静かな傑作だったもんで。帰り際、原宿の輸入レコード店に駆け込んで、速攻、カット盤を手に入れた覚えがある。

で、その当時いろいろ調べてみたら、この人、トロッグスやジミ・ヘンドリックスがやっていた「ワイルド・シング」とか、ジャニス・ジョプリンも歌っていた「トライ」とか、ホリーズでヒットした「アイ・キャント・レット・ゴー」とかを書いたソングライターだってことがわかって。その前はゴルファーを目指していた時期とかすらあったらしく。自らソロ・パフォーマーとして初めて『ガソリン』を出したときにはすでに30歳代になっていたってことを知った。

そんな遅咲きのデビューから半世紀近くが過ぎて。となれば、冒頭の話に戻るけど、チップ・テイラーも80歳になっていて当たり前。びっくりしている場合じゃない。オリジナル・リリースからちょっと遅れてそのアルバムに出くわして感動したぼくも、当時は大学生になりたてだったのに、今や当然のごとく60歳代半ば。いやはや…。

というわけで、今年の3月で80歳を迎えたチップ・テイラーが届けてくれた新作アルバム。一時、音楽業界から離れていた時期もあったけれど、1990年代半ばに戻ってきてからは着実なペースで渋いアルバム・リリースを重ねてきて。アル・ゴーゴニ、トレイド・マーティンらと組んだ“ゴーゴニ、マーティン&テイラー”名義のものも含めると、たぶんもうこれが30作目くらいになるはず。

とりあえずはダウンロード配信/ストリーミングのみでの先行リリース。近いうちにトレイン・レック・レコードから限定でフィジカルCDも少数生産されるとのこと。このあたりも時代を感じさせる展開ではあるのだけれど。

レコーディングのされ方も時代を感じさせる。副題にも記されている通り、パンデミック下、ロックダウン状態で行なわれたレコーディングということで。まさにアルバム・タイトルそのもの、ニューヨーク在住のチップ・テイラーがまずギターやキーボードだけをバックに歌を1本のマイクで録音して、そのデータをノルウェー在住の盟友、ヨラン・グリニにオンラインで送って、彼がそこにオーヴァーダビングして、またニューヨークに送り返して…みたいな。

でも、ヨランさん、まったくやり過ぎることがない。これが素晴らしい。まさに80歳という積み重ねた年輪がなければ表現し得ない、訥々としながらも底知れぬ説得力を伴ったチップ・テイラーの深い深い歌心に、そっと寄り添うような、自らもファンとして浸りきっているような、リスペクト溢れるアレンジをほどこしてみせていて。なんと深い歌の世界。

ともに歳を重ねてくることができた幸せをじんわり噛みしめます。元気でいてね。

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