Disc Review

Tracks II: The Lost Albums / Bruce Springsteen (Columbia)

トラックスII:ザ・ロスト・アルバムズ/ブルース・スプリングスティーン

ボブ・ディランのブートレッグ・シリーズとか、ニール・ヤングやジョニ・ミッチェルのアーカイヴ・シリーズとか。まあ、われわれ音楽ファンは、日々膨大な“未発表音源”に翻弄されながら暮らしているわけですが(笑)。

またまた弄ばれる日々がやってきましたよ。ブルース・スプリングスティーンの『トラックス2:ザ・ロスト・アルバムズ』。CD7枚組というボリュームで届けられた未発表音源集です。

“2”ということで。もちろんみなさんご存じの通り、これは1998年に出た未発表音源集『トラックス』の続編。前回は未発表音源とかシングルB面曲とかを収めたCD4枚組でしたが、今回は7枚組。それも“ザ・ロスト・アルバムズ”という副題通り、7つのテーマの下でコンパイルされた、いわば7作の未発表オリジナル・アルバムが詰め込まれたボックスセット。

ほんと、この人は多作だなぁ。こんなに録音した音源があるのにお蔵にしていたわけで。余裕ありすぎ。すごい。ボックスセットの仕様もまじ凝っていて。7枚それぞれに独自ジャケットもついて。しかも、箱が赤い紙テープでとめられていて、それ破らないと中身が出せない。もうマニア泣かせというか。テープ破らない完全形を残しておきたかったら2セット買わないと、みたいな? ぼくはまだ破けてません。音は今のところ昨深夜スタートしたストリーミングで…(笑)。

ディスク1は“LAガレージ・セッションズ’83”と題された1枚で。オリジナル・アルバムで言うと、基本アコースティック・ギターの弾き語り的なアプローチで宅録された1982年の超名盤『ネブラスカ』と、Eストリート・バンドを率いてぶちかました1984年の超特大ヒット・アルバム『ボーン・イン・ザ・USA』、2枚の超盤の間の時期の記録です。

もしかしたらあの時、『ボーン・イン…』ではなく、『ネブラスカ』的なアプローチの新作が出ていてもおかしくないじゃん、と思える充実の曲たちが聞けて。初出曲ばかりでなく、やがて『ボーン・イン・ザ・USA』に入ることになる曲の、『ネブラスカ』的な宅録デモみたいなものも含まれていて、めちゃ興味深い。エルヴィス・プレスリーの持ち歌を大幅に改変した「フォロー・ザット・ドリーム」にも驚いた。「ファイア」あたりと組にして聞くと面白いかも。

ディスク2は“ストリーツ・オブ・フィラデルフィア・セッションズ”。ジョナサン・デミ監督の1993年作品『フィラデルフィア』のために書き下ろされたシングル「ストリーツ・オブ・フィラデルフィア」のレコーディング・セッションの延長で録音された楽曲群だ。スプリングスティーンの歩みの中では、それなりに迷いの時期だったころではあるけれど、ここでの打ち込みっぽい音像とシンガー・ソングライター性との融合みたいなアプローチは、むしろ今の時代の耳にこそ深く響くような気も…。

ここに「メイビー・アイ・ドント・ノウ・ユー」って曲が入っていて。そこでスプリングスティーンは、“今、どんな音楽を聞いているんだ?/これまで君がその曲に耳を傾けているのを聞いたことがない/これまで君がその曲をかけているのを聞いたことがない/新しい曲なのか/それともずっと隠していた曲なのか/もしかしたらぼくは君のことを思ったほど知らないのかもしれない…”と歌っていて。おー、これぞこのボックスセットを眼前に戸惑っているぼくたちファンに放ったメッセージだな、とか思ってしまいましたよ。

ディスク3は“フェイスレス”。これも映画のサウンドトラック用にレコーディングされたものの、今のところ映画も作られることなく、結果、未発表のまま終わっていた音源をまとめた1枚だとか。録音時期は2005年から2006年にかけて。わりとルーツ色の濃い、深い響きの曲が多く収められています。

ディスク4は“サムホエア・ノース・オブ・ナッシュヴィル”。1995年の弾き語りアルバム『ザ・ゴースト・オブ・トム・ジョード』のレコーディングと並行して制作されていたものらしい。歌詞のことはまだ全然わからないけど、音的にはいい感じのカントリー・ロック・アルバム。ペダル・スティールとかも存在感を発揮していて。グルーヴィーでトワンギー。なんとジョニー・リヴァースが1966年から67年にかけてヒットさせた「ぼくらの街(Poor Side of Town)」のカヴァーをやっていて、盛り上がった。

ディスク5は“イニョー”と題された1枚で、1995年から97年にかけての音源集。アメリカとメキシコの国境、テックス・メックス周辺の感触に触発されたような楽曲ばかりで構成されている。その色合いをほのかにたたえた曲もあれば、もろにケイジャンしていたりマリアッチしたていたりする曲も。ディスク4とある意味、地続き的に楽しめる物語か。

これを今、世に出したというあたり、まあ、これはファンの勝手な深読みに過ぎないのだけれど、納得のいかないトランプの移民政策に対するある種のアンチ的なメッセージと受け取ることもできなくはない。トランプが大統領になって以来、アメリカで起こっているありえない惨状に対する思いをぶちまけるMCをそのまま収録したライヴEP『ランド・オヴ・ホープ・アンド・ドリームズ』とかも出したボスだけに、ね。

ディスク6は“トワイライト・アワーズ”。2010年のアルバム『ウェスタン・スターズ』と同じころに録音された楽曲たちで構成されている。『ウェスタン・スターズ』ではジミー・ウェッブ的な、ちょっと洗練された楽曲とかにも挑戦していたスプリングスティーンだけれど、ここではさらにバート・バカラックとかの要素も採り入れたような、スプリングスティーンとしては珍しいタイプのテンション・コードばりばりの曲がいろいろ聴けて驚く。このディスクが今のところぼくのいちばんのお気に入りだ。

『ワーキング・オン・ア・ドリーム』の「ジス・ライフ」とかにも通じる、ちょこっとブライアン・ウィルソン風味も漂う「アナザー・ユー」から、バカラック…というか、ハル・デヴィッドっぽい世界観の「ディナー・アット・エイト」を経て、ボッサっぽい「フォロー・ザ・サン」へと至るラスト3曲の流れにしびれました。

で、ラストのディスク7は、2011年まで、ばらばらな時期に散りばめられた未発表音源をかき集めた感じの1枚。ただ、基本的にバンドっぽい楽曲が並んでいるので一気に楽しめそう。冒頭3曲は1995年、盟友ジョー・グルシェキーと録音したもので。特によかったような…。

というわけで、超駆け足でのご紹介でした。たぶん聞き続けているうちに印象も大きく変わってくることと思うのだけれど。この全83曲、5時間20分にどれだけの新たな発見が潜んでいるのか。じっくり向き合いましょう。というか、弄ばれましょう(笑)。

【追伸】2025/06/27 21:09
仕事を終えて帰宅後、思い切って紙テープを切ってみたのだけれど。これ、当たり前だけど切らなきゃダメだった。ブックレットもすごい。オマケもすごい。以前の『ザ・プロミス』ボックスのときもそうだっのだけれど、手書きの歌詞とか、マルチ・トラックのシートとか、紙焼き写真のレプリカとか、いっぱい入っていて。CDが収められている箱も凝っていて。なんか、開封がものすごく楽しいボックスでした。

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