センチメンタル・フール/リー・フィールズ
英語のことわざでよく見かける表現に、“If it ain't broke, don't fix it”ってのがあって。まあ、直訳すれば“壊れてないなら、直すな”と、そういうことになるのかな。
リー・フィールズのアルバムを聞くたび、その言葉を思い出す。ポップ・ミュージックは若者のための文化と思われがちなせいか。ポップ音楽シーンには“常に新しくあらねば”という価値観が強迫観念的にあるようで。おかげで、やみくもに最新のサウンド、最新のビートを追いかけ続ける姿勢こそが“若さ”であり“是”であると勘違いされがちなのだけれど。
いやいや、とんでもない。そんなもの、新商品を売らんがために業界がでっちあげた幻想ですよ。どんなに昔の曲だろうと、どんなに長いキャリアを積んだベテラン・アーティストの歌声だろうと、どんなに伝統的なアレンジ/サウンドだろうと、もしそれがそのままの形で今の時代になお有機的に機能しているならば、それは間違いなく現役の音楽。どこも、ひとっつも、直す必要なんかないのだ。何も壊れてないんだから。時を超えてごきげんに機能しているんだから。
というわけで、リー・フィールズの新作『センチメンタル・フール』。またまた直す必要なしのうれしい1枚だ。この人のキャリアについては2019年に出た『イット・レインズ・ラヴ』ってアルバムを紹介したときに軽く触れたので、そちらも参照していただけるとうれしいです。あのアルバム以来、ほぼ3年ぶり。ここ数作はリオン・マイケルズ(名前に関しては“ミシェルズ”でなく“マイケルズ”って読むのが正しいみたいっすね)のビッグ・クラウン・レコードからリリースだったけれど、今回は同門とも言うべきヴィンテージ・ソウル系レーベル、ダップトーン・レコードに移籍しての第一弾リリースだ。
プロデュースはリオン・マイケルズに代わって、以前ここでも盛り上がった“ソウルディーズ”ブームの仕掛け人であり、リー・フィールズとは旧知の仲でもあるザ・ダップ・キングスの“ボスコ・マン”ことゲイブリエル・ロスが手がけている。なので、マイケルズ率いるジ・エクスプレッションズとの連名ではなくリー・フィールズのソロ名義でのリリースだ。収録されている12曲、すべてボスコ・マンの作品。
そんなこともあってか、アレンジがこれまでのソリッドなコンボ・バンド的なものから、少しスケールの大きいオーケストレーションがほどこされたものへと変わった印象もあるけれど、そうは言っても、ボスコ・マンの作り上げるメロディも、サウンドも、グルーヴも、そしてリー・フィールズ本人の歌唱も、相変わらず迷いなく往年のソウル・イディオムに正対した仕上がりで。
新しいか古いかと問われれば、正直どっこも新しくない。今回もジェイムス・ブラウンをはじめ、Z.Z.ヒル、O.V.ライト、ジョニー・テイラー、ウィルソン・ピケット、ビル・ウィザースといった偉人たちの往年の名パフォーマンスを想起させるディープで、かつ無骨なスウィートネスとを併せ持つ屈強な歌声が盤面いっぱいに炸裂。それだけで問題なし。文句なしにかっこいい。しびれる。これ、断然、ヴァイナルLPで聞きたい音楽。オレンジのカラー・ヴァイナル(Tower / HMV)もあります。
リー・フィールズが初シングル「ビウィルダード」をリリースしたのは1969年。キャリアは半世紀以上だ。とはいえ、なかなかヒットを飛ばすこともできず。ようやく一定の評価を獲得したのは1990年代末になってから。一連のレア・グルーヴ〜ヴィンテージ・ソウル再評価の流れの中、リー・フィールズ持ち前のディープな個性に注目が集まり、以来、往年のアルバムが再発されたり、新作が出たり、着実なペースで活動が続いているわけだけれど。
でもそんなふうに、むしろ早い段階で売れなかったからこそ、持ち味が往年のままいい感じに真空パックされて、それが世紀を超えて絶好のタイミングで解凍された、みたいな。ちょっと乱暴な捉え方かもしれないけれど、そんな気すらします。また来日、お願いします。