Disc Review

From Elvis in Nashville / Elvis Presley (RCA/Legacy/Sony)

フロム・エルヴィス・イン・ナッシュヴィル/エルヴィス・プレスリー

エルヴィス・プレスリーが1969年に行なった伝説のメンフィス・セッションの全貌を収めて去年リリースされた『アメリカン・サウンド1969』に続き、今度は1970年ナッシュヴィル・セッションの模様を集大成した待望のボックスセットが出た。やっと出た。今年の夏、リリース・ニュースを受けて本ブログでもいち早く大騒ぎさせてもらった箱ですが。あれから3カ月余。ようやくブツが届きましたー。待ち遠しかったー。

エルヴィスの場合、1960年代半ば、古いショー・ビジネスの常識にとらわれたマネージメント・サイドの判断ミスもあり、ハリウッドの銀幕の彼方に埋没するようにして少々浮世離れした活動を続けていたわけだけれど。1968年暮れ、通称“カムバック・スペシャル”と呼ばれるNBCのTVスペシャル番組『エルヴィス』を皮切りにシーン最前線へと復帰。やがてラスヴェガスなどを拠点にしたライヴ活動によって1970年代、新たな黄金時代を築いていくことになった。

結果的にはこれがエルヴィスにとって最後の黄金時代となってしまうわけだけれど。そんな時期の幕開けを告げた素晴らしいレコーディング・セッションが、1970年6月4日から8日深夜(9日早朝?)まで、ナッシュヴィルのRCAスタジオBで行なわれた伝説の5日間のマラソン・セッションだった。

1950年代からナッシュヴィルでそれこそ無数の名録音を残してきたエルヴィスではあるが、この1970年のセッションではバック・ミュージシャンの顔ぶれを一新。ノーバート・パットナム(ベース)、チャーリー・マッコイ(ハーモニカ、オルガン)、デヴィッド・ブリッグズ(キーボード)ら“エリア・コード615”と呼ばれるナッシュヴィルの気鋭セッション・ミュージシャン集団の中心メンバーに、チップ・ヤング(ギター)、ジェリー・キャリガン(ドラム)、そして当時のエルヴィスのライヴ・バンドの要でもあったジェイムス・バートン(ギター)らを招集した。さらに、当時最新の技術だった16チャンネルのマルチ・トラック・レコーダーも初めて採り入れられ、まさに心機一転、エルヴィス新時代の到来を高らかに宣言する仕上がりとなった。

この時期、エルヴィスのレコーディングのプロデュースを手がけていたフェルトン・ジャーヴィスは、当初この5日間でアルバム1枚とシングル2枚分、計18曲の録音を目論んでいたそうだ。が、1968年以降の好調ぶりを持続していたエルヴィスは、若さと確かなテクニックを持つ新たなミュージシャン仲間にも刺激されながら、想像以上のペースでレコーディングを展開。なんとこの6月の5日間、および9月22日に追加で行なわれたセッション、計6日間でレコーディングされたOKテイクは40曲近くにも及んだ。

これらの曲は『エルヴィス・オン・ステージVol.1(That’s The Way It Is)』(1970年)、『エルヴィス・カントリー』(1971年)、『ラヴ・レターズ・フロム・エルヴィス』(1971年)、『エルヴィス・ナウ』(1972年)といったアルバム群に振り分けられてリリースされていくことになるのだけれど。その充実のセッションの模様が本ボックスではCD4枚にわたって記録されている。

ディスク1と2が基本的にはマスター・テイク集だ。オープニングを飾る短いジャム音源のみ、公式ブートレッグ・レーベル“FTD(フォロー・ザット・ドリーム)”レーベルから既発の発掘音源。それ以外はRCAから正規にリリースされた前記4作のアルバムの収録曲、およびシングルのみで出ていた曲や、1970年代ボックスで初お目見えした曲など39曲…で、計40トラック。

前述した通り、マルチ・トラック・レコーダーを使ったセッションだったにもかかわらず、エルヴィスはこのときも当時の米南部を代表する気鋭セッション・ミュージシャンたちとともにスタジオ入りして、同じ空間で一発録り。テイクを重ねる中から歌も演奏もOKだったものがマスター・テイクとして採用され、そこに後日、ホーン・セクションやストリングス、コーラス隊などのオーヴァー・ダビングが行なわれてファイナル・ヴァージョンが仕上げられていたわけだけれど。

今回はそれら、時に過剰になりがちだったオーヴァーダビング分を除いて、このところ一連のエルヴィス再発のリミックスを手がけてきている売れっ子エンジニア/プロデューサーのマット・ロス=スパングが新たにリミックスを手がけたニュー・アンダブド・ミックスになっている。

ロス=スパングと言えば、マウンテン・ゴーツとかドライヴ・バイ・トラッカーズとかイーライ・ペイパーボーイ・リードとかジョン・プラインとかマーゴ・プライスとかジェイソン・イズベルとか、ルーツ系の太いミックスが得意な人。今回の1970年ナッシュヴィル・セッションのリミックスなど、特に適任という感じだ。ミックスが行なわれたスタジオがテネシー州メンフィスのサム・フィリップス・レコーディングズというのも泣ける。

まあ、これまで50年間慣れ親しんだコーラス隊の掛け合いとか、いわゆる“字ハモ”とか、ストリングスやホーンの裏メロとかがごっそりなくなっているので、聞きながら“あれ?”と拍子抜けする局面もなくはないものの、強力なリズム・セクションだけをバックに従えて躍動するエルヴィスの力強く生々しい歌声が楽しめるのだから。こりゃ最高だ。

とはいえ、すべてがすべて、一発録りされたオリジナルOKテイクのみで構成されているのかと言えば、そんなこともなく。たとえば「明日に架ける橋(Bridge Over Troubled Water)」とか。これはリズム・セクションとともに一発録りされたヴォーカル・トラック(今年1月のイベントでファンのみなさんとともにこっそり(笑)楽しんだ、テイク8のアンリペアド・アンダブド・マスターで聞くことができるやつ)は使われず、エルヴィスが後日、歌い直したマスター・テイクの歌声のほうがセレクトされていて。

なので、何がなんでもオリジナル・アンダブド・テイクにこだわったというわけではなく、公式リリースされたマスター・ヴァージョンに準ずる形でテイクの選定がなされて、そこからホーン、ストリングス、コーラスといった“後のせ”系のオーヴァーダビング・パートを排除したニュー・ミックス、と。ディスク1と2に関してはそういう方針のようだ。

で、ディスク3と4がレア音源集。かつてFTDからリリースされた『ザ・ナッシュヴィル・マラソン』をはじめとする一連の公式ブートレッグ群とか、RCAからの『エッセンシャル・エルヴィスVol.4』とか『トゥデイ、トゥモロウ&フォーエヴァー』とか『グレイト・カントリー・ソングズ』といったコンピに収められて既発の別テイク、別アレンジ初期ヴァージョン、リハーサル音源、ジャム音源などが34トラック。

FTD提供によるメモラビリアや詳細なライナーが掲載された28ページのカラー・ブックレット付き。ソニー・ミュージックジャパンによる国内流通仕様盤には日本語訳も挿入されています。マスター・テイク、別テイク、取り混ぜた22トラックをピックアップしてアナログLP2枚に収めたヴァイナル版(Amazon / Tower)もあります。こっちはまだ届いてません。でも、楽しみ!

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