Disc Review

American Sound 1969 / Elvis Presley (RCA/Sony/FTD)

アメリカン・サウンド1969/エルヴィス・プレスリー

エルヴィス・プレスリーにとってテネシー州メンフィスは特別。ミシシッピ州テュペロで生まれたエルヴィスが1948年、13歳のときに家族とともに引っ越してきた土地であり、彼の音楽的才能を開花させてくれた重要な地だ。

メンフィスは南部の黒人労働者たちがニューヨークやシカゴへと向かう中継地点となっていたため、古くから黒人音楽の中心地として栄えていた。もともとテュペロ時代からインク・スポッツやビリー・エクスタインのようなスムーズな黒人音楽は愛聴していたというエルヴィスだが、メンフィスの街に飛び込んだことをきっかけに、街に渦巻くより泥臭い黒人のR&Bにも大いに興味をひかれるようになったという。

「メンフィスの白人の間じゃ、R&Bは“罪深い音楽”とされていたんだ」と、エルヴィスはのちに語っている。「家でぼくがR&Bを聞いているとうるさく言われたものさ。ぼくはいっこうに気にしなかったけどね」

そうした街で育ちながらエルヴィスはのちに“ロックンロール”と呼ばれることになる独自の音楽的天性に磨きをかけていった。そして1954年、地元のローカル・レーベルであるサン・レコードからシングル「ザッツ・オールライト」でデビュー。1956年に大手のRCAに移籍するまで、メンフィスのサン・スタジオでエルヴィスは多数の素晴らしいロカビリー・チューンを録音した。

RCAに移籍してからはRCAのスタジオがあったテネシー州ナッシュヴィルや映画撮影で訪れることが多かったカリフォルニア州ハリウッドでほぼすべてのレコーディングが行なわれるようになった。が、やがて1960年代末、エルヴィスはふたたびメンフィスへ“里帰り”する。以前、本ブログでも書いた通り、1960年代半ばのエルヴィスは映画の世界に埋没し、音楽シーン最前線から少々縁遠い存在になりつつあった。が、1968年、伝説のTVカムバック・スペシャル番組『エルヴィス』を制作し、再度、生の姿を音楽ファンの前にアピール。1970年代に入るとライヴ活動を活発化させ、新たな黄金時代を築き上げていくことになる。

こうした新たな黄金時代を迎える直前、エルヴィスはいったん自らの音楽的故郷であるメンフィスへと立ち返った。それが1969年1月と2月に行なわれた伝説のメンフィス・セッション。このときはサン・スタジオではなく、チップス・モーマンが経営するアメリカン・サウンド・スタジオが舞台だった。

レコーディングされたのは「イン・ザ・ゲットー」「サスピシャス・マインド」「ドント・クライ・ダディ」「ケンタッキー・レイン」といった後期エルヴィスを代表する名シングル・ナンバーをはじめとする全32曲。それらの楽曲は当時、主に2枚のオリジナル・アルバムに振り分けてリリースされた。

ひとつは1969年6月リリースの『フロム・エルヴィス・イン・メンフィス』。もうひとつは同年11月、当時日本では『豪華盤プレスリー・イン・パースン』なる邦題のもとリリースされた2枚組LPのディスク2『フロム・ヴェガス・トゥ・メンフィス』だ(ちなみにディスク1は『フロム・メンフィス・トゥ・ヴェガス』と題するラスヴェガスでのライヴ盤だった)。『フロム・ヴェガス…』のほうは、70年暮れ、もともと副題だった『バック・イン・メンフィス』をタイトルに冠し、改めて1枚もののアルバムとして再リリースされている。

名匠モーマンのプロデュースの下、“ザ・メンフィス・ボーイズ”と呼ばれて大活躍していたアメリカン・サウンド・スタジオのハウス・ミュージシャンたちの強力なバックアップを受け、カントリーからR&B、ブルース、さらにはバカラック・ナンバーまで、様々な音楽要素をごった煮にしながら、エルヴィスは1969年ならではの素晴らしい南部ロックンロールを作り上げてみせた。

レジー・ヤングのスワンプ風味あふれるギター、トミー・コグビルのファンキーなベース・ライン、南部を代表する黒人プレイヤー、アル・ジャクソンの白人版継承者とも言うべきジーン・クリスマンのドライヴ感に満ちたドラム、ボビー・ウッドのピアノ、ボビー・エモンズのオルガン…。地元へ帰って心機一転、意欲に満ちたエルヴィスの歌声の勢いに触発されながら、彼ら腕利きミュージシャン群が存分に本領を発揮した圧倒的なスワンプ・フィーリングが、やがて1970年代初頭、新たな黄金時代を迎えるエルヴィス・サウンドのアイデンティティへと結実していくことになる。

デビューのときはもちろん、第二の黄金時代を迎える際にも、エルヴィスはメンフィスからスタートをきったわけだ。

と、そんな実に重要なレコーディング・セッションから50周年。それを記念して編まれたのが本作『アメリカン・サウンド1969』だ。日本ではストリーミング配信/ダウンロード販売のみでのリリースだとか。海外でもフィジカル盤は正規のRCA/ソニーからではなく、エルヴィスの公式ブートレッグ・レーベル“FTD”からのみ。真っ向から熱心なマニア向けのコレクションではある。けど、すみません、ぼくはマニアなもんで(笑)。

しかも、ぼくが中学生のころ初めて買ったエルヴィスのオリジナル・アルバムが『フロム・エルヴィス・イン・メンフィス』で。初めて見たものを親と思う…的な理由からかもしれないけれど、ぼくがいちばん好きなエルヴィスのレコーディング・セッションも、この1969年メンフィス・セッションなもんで。もちろん海外の公式サイトにフィジカルを注文しましたよ。

ただし、実はフィジカルのリリースは9月に入ってから。当然ブツがまだ届いていないので、レアな写真やメモラビリアを掲載した28ページのブックレットってやつは見ていないのだけれど。でも、音のほうは先週の末から Spotify や Apple Music で配信スタートしたので、待ちきれず、ここでもご紹介してしまうのでした。

これも先日出た『ライヴ1969』同様、過去、RCAやFTDからリリースずみの音源が大半を占めているので、マニアであればあるほど、すでに持っている盤とのダブリがとてつもなく多くなるという、実に悩ましいコレクションだ。ちなみに本コレクションでオフィシャルな形で初出となった音源は、「ロング・ブラック・リムジン」のテイク1、2、3、5。「ウェアリン・ザット・ラヴド・オン・ルック」のテイク1、2、5。「ユール・シンク・オヴ・ミー」のテイク11、19、20、22。「イン・ザ・ゲットー」のテイク5、6、7、8、9、10。

残りは、RCAから出たCD2枚組『サスピシャス・マインド〜メンフィス1969アンソロジー』をはじめ、4枚組『プラティナム〜ア・ライフ・イン・ミュージック』、5枚組の60年代ボックス、4枚組『エルヴィス〜トゥデイ、トゥモロウ&フォーエヴァー』、さらにFTDから出た拡張版『フロム・エルヴィス・イン・メンフィス』、拡張版『バック・イン・メンフィス』、『メンフィス・セッションズ』、『メイド・イン・メンフィス』、『フロム・エルヴィス・アット・アメリカン・サウンド・スタジオ』などで既出のテイクだ。もちろん、あまた出ている本物のブートレッグ群をお持ちの場合はさらにダブリが増える。

そうしたダブリものの中には、あれ、なんとなくテイクのつなぎ方が違う気がするぞ、とか、音質が少し変化している気がするとか、ところどころ、プラシーボっぽい違和感もなくはないのだけれど、こちらの記憶力もずいぶんと曖昧なので、まだよくわかりません。そのうち少しずつ細かくチェックする予定。いずれにせよ、これまでこの伝説のセッション音源をコツコツと買い集めてきた者(含・ハギワラ)にとって、なんとも複雑な完全版の登場という感じだ。

基本的にそれらメンフィス・セッションでリズム・セクションとともに一発録りされた現存テイクの中から主要90トラック以上をセレクトして実際のレコーディング・セッション順に並べたもので、もろもろホーンやストリングスやコーラスのダビングなどをして、場合によってはエディットなどもほどこして完成へと至ったマスター・ヴァージョンは入っていない。「アイ・ホールド・ユー・イン・マイ・ハート」のみ、もともと一発録り音源だったので、『フロム・エルヴィス・イン・メンフィス』収録のマスター・テイクがここにも収められているけれど、これは例外。セレクトされた主要テイク群とはいえ、半分以上、途中で間違って演奏を中断しちゃったような半端なトラックがずらり並んでいる。

というわけで、繰り返しますが、もう超熱心なマニア以外にはおすすめできません。できません、が。でも、ほら、ストリーミングなら誰でも聞けるから。ものは試し。世の熱心なエルヴィス・マニアがいったいどんな音源に熱狂しているのか、ちょっとのぞき見をしてみるのも悪くないのではないか、と…。

いかがでしょう?(笑) ゴージャスなオーヴァーダビングなし、基本的なリズム・セクションだけをバックに躍動するエルヴィスの生々しい歌声を存分に楽しむこともできるし、ね。

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