Disc Review

Live 1969 (11CD Box Set) / Elvis Presley (RCA/Legacy)

投稿日:2019.08.13 更新日:

ライヴ1969/エルヴィス・プレスリー

1954年、19歳で地元メンフィスのローカル・レコード会社“サン”からデビューを果たし、やがて1977年、42歳という若さで他界。エルヴィス・プレスリーのプロとしてのキャリアは、つまり23年間だ。これが果たして長いものなのか、短いものなのか。人によって感じ方はまるで違うだろうが。少なくともこの23年が、他のどんな表現者にも絶対に真似のできない、とてつもなく濃密な23年だったことは間違いない。

1950年代半ば、エルヴィスはブルース、ゴスペル、R&B、カントリーなど雑多な音楽要素を、雄大な才能と柔軟な感覚でまるごと呑み込み、凄まじいセンセーションとともにシーンに登場してきた。ブルースの「ザッツ・オールライト」や「ミステリー・トレイン」、穏やかで牧歌的な「ラヴ・ミー・テンダー」や「ラヴィング・ユー」、激しいR&B「ハウンド・ドッグ」や「ワン・ナイト」、ポップな「冷たくしないで」や「テディ・ベア」、ニューオーリンズ・ジャズの方法論も取り入れた「冷たい女」や「トラブル」など、様々なジャンルの楽曲がこの時期、若きエルヴィスの歌声によってすべて新種の若者音楽“ロックンロール”へと昇華していた。

その後、1958年に普通のアメリカの青年たちと同様、米陸軍に徴兵され、ドイツでの2年の駐屯生活を経て活動を再開した彼は、前述したような様々な音楽性を再度ひとつひとつ分離させ、曲ごとにそれぞれの味を使い分けながら類まれなる“うまさ”を発揮し始めた。ロックンローラーとしての魅力はそのまま、カンツォーネをアレンジした「イッツ・ナウ・オア・ネヴァー」や「サレンダー」、カントリー・バラード「今夜はひとりかい」、ドイツ民謡をアレンジした「さらばふるさと」、クラシックを下敷きにした「好きにならずにいられない」など、幅広く、絶妙な歌心を聞かせるようになった。

こうして普通だったら共存しえない“ロックンローラーとしての味”と“ポピュラー・シンガーとしての味”を見事に併せ持つ、まさに“キング”へとエルヴィスは成長していったわけだが。ただ、旧態依然としたマネージメントのせいもあり、この時期、エルヴィスはコンサート活動から離れ映画中心の活動へ。ビートルズら後続がシーンを賑わす中、お気楽な主演映画への出演にいそしむばかり。徐々に時代遅れな存在になっていった。

が、1968年暮れ、NBCネットワークを通じて放映された通称“カムバック・スペシャル”と呼ばれるテレビ特番『エルヴィス』によってそんな流れが一変する。これを皮切りにエルヴィスはシーン最前線へと復帰。翌年になると、61年3月に行なわれたショーを最後にひたすら銀幕の彼方に身を置くばかりだったエルヴィスが、8年半ぶりに生の観客の目前で活発なコンサート活動に突入する。伝説のウッドストック・フェスが行なわれていたのと同じ1969年8月、ネヴァダ州ラスヴェガスに新たにオープンしたインターナショナル・ホテル内の2000席の会場で、ほぼひと月、毎晩2ステージずつ、連夜のライヴ・コンサートを展開することになった。

このラスヴェガスでの初公演について、米音楽評論家、デイヴ・マーシュが自身の著作『エルヴィス』にこんな文章を記している。

初日の客席の有名人の中には、パット・ブーンにファッツ・ドミノ、フォーク歌手のフィル・オクスにサウンドトラックの巨匠ヘンリー・マンシーニがいた。エルヴィスはどっち側にいたのか…

たぶんマーシュ自身、答えを知りながらあえて書いた文章だと思う。そう。エルヴィスは、そのどちらかに属していたのではない。両方にいた。あるいは、そのどちらにもいなかった。先述した通り、エルヴィスは既成のジャンル分けではとらえきれないほど雄大な存在だった。

思えば1970年代、エルヴィスは誰にも真似できない彼ならではの雄大な“幅”はそのまま、同時にもう一度強烈に自らの本当のルーツを意識するようになった。この時期エルヴィスが取り上げたレパートリーは「プラウド・メアリー」「ポーク・サラダ・アニー」といった南部ロックンロールから、「君を信じたい」のようなポップ・カントリー、「この胸のときめきを」のようなカンツォーネ、さらに「見果てぬ夢」「マイ・ウェイ」のようなスタンダードまで、とてつもなく幅広い。が、そんな一見雑多な楽曲群を取り上げながらも、しかしこの時期のエルヴィスの歌声はどれもひたすらブルース的であり、カントリー的であり、ゴスペル的だ。

ロックンロールのみにとどまらない、バラエティ豊かなシンガーとしての魅力を確立した60年代を経て、70年代、エルヴィスはその持ち味を自らの立脚点へとふたたび力強く凝縮していこうとしていた。まるで悲劇の旅立ちの日を自ら予感していたかのように…。

と、黄金の23年間を大ざっぱに分けるとすればこの3期間。それがまた、50年代、60年代、70年代にほぼ分かれてしまうところも面白いのだが。その最後のディケイド、70年代への導線となった69年、初のラスヴェガス・インターナショナル・ホテル公演からちょうど50周年ということで、そこで収録された11ステージの模様を、豪勢に、まるごと、各々CD1枚ずつに収めた11枚組ボックスセットが、今日ご紹介する『ライヴ1969』なのでありました。いやはや、前説が長かったね(笑)。

ジェイムス・バートン、ジェリー・シェフ、ロニー・タットらエルヴィス最後の黄金期を支えたリズム隊に、シシー・ヒューストンを含むスウィート・インスピレーションズら複数のゴスペル・グループが合体した壮大なコーラス隊とフル・オーケストラが加わった大編成バンドがサポート。南部の伝統的レヴュー形式を下敷きにしたデラニー&ボニー&フレンズ、マッド・ドッグス&イングリッシュ・マン、あるいはジョージ・ハリスンの『パングラデシュのコンサート』でのバンドなどと同趣向の試みに、この時期エルヴィスはいち早くトライしていた。

本ボックスに記録された11ステージのうち、公式ブートレッグ・レーベル“FTD”を通じてとか、RCAが編成したラスヴェガス・ライヴ4枚組とか、レコード・ストア・デイ用の限定アナログとか、様々な形でディスク化ずみのものが7ステージ、全編完全未発表ものが2ステージ、長尺MCおよび数曲をカットして公開ずみだった音源の完全版が2ステージ。そういう意味では、超マニア向けっぽいツクリにはなっているものの、マニアであればあるほどすでに持っている音源とのダブリが多いという、なんとも悩ましい箱なわけだが。

そうは言っても、ボブ・ディランの14枚組ローリング・サンダー・レヴュー箱同様、ほんのちょっとずつセットリストが違うだけとはいえ、同時期の複数公演を一気にまとめ聞きする中から見えてくる本質みたいなものがあるのも事実。この音源をまとめて一気にフィジカルで所有できるというのはやはりうれしいことだ。ケン・シャープが当時の関係者のコメントをがっつりまとめつつ構成した52ページのブックレットも充実している。写真もいっぱい。

1969年のエルヴィスといえばチップス・モーマンのプロデュースの下、アメリカン・サウンド・スタジオで行なわれたメンフィス・セッションというのも重要なわけだが、そちらの50周年を祝って8月下旬に出る予定の“American Sound 1969”なる5枚組コンピは、RCA/ソニーではなくFTDから。なので日本では基本的に配信のみでのリリースになるらしい。仕方ないから海外のオフィシャルにプリオーダーしたけどさ…。

まあ、こちらのライヴ11枚組もフィジカルは基本的には輸入盤のみなのだけれど、本家RCAからのリリースだけに、付属ブックレットの対訳冊子が封入された国内向け仕様がソニーから出た。国内で気楽にフィジカルが入手できるありがたみがますます胸にしみてくる。

ただし、ひとつだけ文句があって。買った人、みんな感じていることだと思うけど。CD11枚を効率的に収納しようと目論んだらしき妙なパッケージ・デザインのせいで、ものすげーCDが出しにくいです(笑)。ちなみに、『Live at the International Hotel, Las Vegas, NV August 26, 1969』と題された2枚組アナログLPも出てます。

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