Disc Review

Only The Strong Survive / Bruce Springsteen (Columbia)

オンリー・ザ・ストロング・サヴァイヴ/ブルース・スプリングスティーン

以前、ここでも書いた通り。ぼくは中学生時代、エルヴィス・プレスリーが1969年にリリースした『エルヴィス・イン・メンフィス(From Elvis in Memphis)』ってアルバムが大好きで。というか、これ、個人的に初めて手にしたエルヴィスのオリジナル・アルバムだったもんで。ほんとに繰り返し繰り返しよく聞いたものだ。

そこに「強く生きよう(Only the Strong Survive)」って曲が入っていて。大好きだった。もともとはジェリー・バトラーのヒットのカヴァーで。ぼくがバトラーの名前を意識したのもこの曲がきっかけだった。ケニー・ギャンブル&レオン・ハフというソングライター・チームの存在を初めて知ったのもこの曲でだった気がする。トミー・コグビル&ジーン・クリスマンというメンフィスを代表する強力リズム隊のグルーヴにも思いきりハマった。もちろんエルヴィスの柔軟で力強い歌声にも…。

いわば、ぼくがそれまでよりも深く米国ポップ・ミュージックの沼へとのめり込んでいくうえで大きな役割を果たしてくれた1曲なわけで。思い入れがとても強い。そんなある種思い出の曲をタイトルに冠したアルバムを、なんとこちらも思い入れの強いアーティストのひとり、ブルース・スプリングスティーンがリリースしてくれたのだから。こりゃ盛り上がらずにいられるわけがない。

というわけで、『オンリー・ザ・ストロング・サヴァイヴ』。2020年の『レター・トゥ・ユー』に続くブルース・スプリングスティーンの新作アルバムだ。なんとタイトル・チューンを筆頭とするいわゆる“ノーザン・ソウル”系楽曲ばかりを集めたカヴァー・アルバムで。

スプリングスティーンの全曲カヴァー・アルバムというと、2006年、モダン・フォークの偉人、ピート・シーガーにゆかりの古い労働歌、霊歌、反戦歌などのカヴァーのみで構成した『ウィー・シャル・オーヴァーカム:ザ・シーガー・セッションズ』があったけれど。あのアルバムはスプリングスティーンにとってリアルタイムでは体験することのなかった伝統音楽を発掘/再発見するプロジェクト。それに対し、こちらはリアルタイムものだ。まだデビュー前の60年代〜70年代初頭、若きスプリングスティーンが地元ニュージャージーのクラブ・シーンで大いに刺激を受けたソウル音楽に立ち返っている。

各収録曲の出典についてとか、細かい情報は今度出る『ミュージック・マガジン』誌(Amazon / Tower)のほうに書かせていただいたので、よろしければそちらをチェックしてください。あまりダブったことをここで書くわけにもいかないのだけれど、プレス・リリースでスプリングスティーン本人が語っていた言葉が本作をいちばんよく表わしていると思うので、それをここでも引用しておきます。

“ただ歌うだけのアルバムを作りたかった。そのためには60〜70年代のグレイト・アメリカン・ソングブック以上の適材はない。特にリーヴァイ・スタッブス、デヴィッド・ラフィン、ジミー・ラフィン、“アイスマン”ジェリー・バトラー、ダイアナ・ロス、ドビー・グレイ、そしてスコット・ウォーカーたちに触発された。彼らすべてと、この輝かしい音楽の素晴らしい書き手たちに正義を貫こうとした。自分がそれらの曲を初めて聞いたときに感じたのと同じ、美しさと歓喜を現代のオーディエンスに体験してもらうことがゴールだ。愛情をこめて作った。それと同じように愛情をこめて聞いてもらえたらと願う”

この種のノーザン・ソウルものを新時代の“グレイト・アメリカン・ソングブック”と呼ぶあたり、スプリングスティーンらしいなと思う。選曲を眺めてみると、地域的にはシカゴ・ソウルあり、フィラデルフィアものあり、ニューヨークものあり、メンフィスものあり、ブルー・アイド・ソウルあり。レーベル的にもモータウンあり、アトコ/アトランティックあり、ブランズウィックあり、スタックスあり、セプター/ワンドあり、スマッシュ/マーキュリーあり。有名曲からわりとマニアックなものまで、いい感じのセレクションになっている。それらを原曲からあまり大きく離れることなくストレートにカヴァー。

プロデュースはスプリングスティーン本人と、2012年の『レッキング・ボール』からタッグを組み続けているロン・アニエロ。ギター、ベース、ドラム、キーボードなどほぼすべての楽器を彼がひとりで担当している。レコーディングはニュージャージーのスプリングスティーンの自宅スタジオ“スリル・ヒル・レコーディング”で。ホーンやストリングスのアレンジは2014年の『ハイ・ホープス』や2019年の『ウエスタン・スターズ』でいい仕事していたロブ・メイス。ホーン・セクションはEストリート・ホーンズの面々。コーラスはスージー・タイレル、リサ・ローウェル、ミシャル・ムーアら、こちらもおなじみの顔ぶれ。ただし、パティ奥さまを含めEストリート・バンドの主要メンバーは不参加で。ここら辺、ちょい謎というか、寂しいというか。

で、これはマガジンの記事とダブっちゃう話なのだけれど。個人的にはドビー・グレイが2000年、ノーバート・パットナムをプロデューサーに迎えメンフィスで録音したアルバム『ソウル・デイズ』の表題曲のカヴァーがいちばん響いた。

このドビー・グレイのアルバム、ルーサー・イングラム、パーシー・スレッジ、インプレッションズ、カジノズ、サム・クックらのR&Bヒットのカヴァーを中心に据えた1枚で。それらに回帰するグレイの心意気を象徴する新曲として収録されていたのが、アルバムに先駆けて前年すでにシングル・リリースされていたジョニー・バーネット(ロカビリアンじゃないほう)作の「ソウル・デイズ」という曲だった。

“ゆっくりとベッドから這い出し、古いジーンズを履き、お気に入りのTシャツを見つけ袖をまくり上げる。ジェイムス・ディーンみたいに。自分が19歳だと感じながら外に出て周りを見渡す。胸が高鳴る。ソウル・デイになりそうだ。レイドバックした明るく甘い夏のソウル・デイに”

という歌詞が印象的で。まさに本スプリングスティーン盤のテーマとも重なるナンバー。この曲のカヴァーにはサム&デイヴのサム・ムーアがデュエット・パートナーとして客演しているのだけれど、曲のエンディング近く、スプリングスティーンとムーアが掛け合いでウィルソン・ピケット、ジョー・テックス、サム&デイヴ、アレサ・フランクリン、サム・クック、アーサー・コンレイ、エドウィン・スターなどの名を上げながら盛り上がる様子がなんとも楽しく、同時になんだか泣ける。

アルバム・ジャケットに記された“カヴァーズvol.1”の文字に期待をふくらませているファンも多いことだろう。ぼくもそのひとり。今回はソウル。これに続いて、スプリングスティーンの音楽的ルーツがカヴァー・アルバム・シリーズという形でひとつひとつ明らかにされていくのかもしれない。カヴァーはスプリングスティーンのライヴにとっては欠かせない要素で。ミッチ・ライダー、アニマルズ、キンクス、ボブ・ディラン、クリーデンス・クリアウォーター・リヴァイヴァル、エルヴィス・プレスリー、エヴァリー・ブラザーズ、ゲイリー・US・ボンズ、トム・ウェイツ、ウォーレン・ジヴォン…。これまで本当に多彩な楽曲を取り上げてきた。それらのスタジオ・ヴァージョンってやつが今後お目見えしていくことになるのか。まじ、楽しみだ。

以前も書いた通り、ぼくは今回の新作、公式サイト限定とかいうナイトシェイド・グリーン・ヴァイナルを注文しちゃったので。まあ、発送しましたというお知らせメールはすでに来たものの、当然ブツは未達。それまではサブスクのストリーミングで我慢するぞと心に決めていたのだけれど。待ちきれず、ハイレゾ音源、手に入れちゃいました。またダブらせちゃったよ。ああ…。

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