Disc Review

Hittin’ The Ramp: The Early Years 1936-1943 (7CD Box Set) / Nat "King" Cole (Resonance Records)

ヒッティン・ザ・ランプ〜ジ・アーリー・イヤーズ1936-1943/ナット・キング・コール

ナット・キング・コールという名前を聞いたとき、若い世代の音楽ファンはどんなイメージを抱くのだろう。まったく知らないって人も少なくないとは思う。まあ、昔の人だから。仕方ない。知っているって人がいたとしても、「枯葉」とか「モナリザ」とか「トゥー・ヤング」とか「スターダスト」とか、おなじみのスタンダード・ナンバーを壮麗なオーケストレーションのもと、マイルドに、ジェントルに歌い綴る黒人ポピュラー・シンガー…といった感じか。

が、単にジェントルなだけのポピュラー・シンガーだろう…とナメてかからないほうがいい。確かに彼の歌声はマイルドでジェントルだけれど。それだけじゃない。ナット・キング・コールの音楽の底力はとてつもないのだから。そこに包含されている魅力は並じゃない。昔の音楽…と、軽く片付けてしまっていては絶対にもったいない。

1919年、アラバマ州生まれ。今年が生誕100周年だ。1930年代からプロのシンガー/ピアニストとして活動を開始してから1965年に肺癌で他界するまで、深く豊かな、まるで宝物のような無数の音楽を残した。前述した作品をはじめ、「ルート66」「ホエン・アイ・フォール・イン・ラヴ」、そしてある時期以降はエルヴィス・コステロの持ち歌としておなじみの「スマイル」など、全米ヒットチャートにランクさせた曲は実に約120曲。

大ざっぱに分けると、ロックンロールという新種の若者音楽のブームが大爆発した1955年までに60曲、それ以降に60曲、という感じ。で、どこからとっかかりをつけていいのか、戸惑っている人がいたら、どうせならロックンロール以前、活動初期にあたる1930〜40年代の音源に接しちゃえば? と、今朝はそういうお話です(笑)。

一般的にはキング・コールといえば1950年代以降、壮麗なストリングス・オーケストラをバックに従えたメロウなポピュラー・レコーディングのほうがおなじみかもしれない。あれもいい。まじ、極上。思いきりしみる。けれど、彼本来のグルーヴってやつは初期のトリオ・ジャズ作品のほうにこそ明解に記録されているのだ。

ロックンロール以前はジャズがもっともヒップな若者音楽で。当時のキング・コールは、そんなジャズ・シーンに新鮮かつ斬新な刺激をもたらしたトップ・ピアニストだった。ビッグ・バンド全盛の時代に、彼はあえて卓抜したセンスに貫かれた自身のピアノとクールなヴォーカル、名手オスカー・ムーアのギター、ウェズリー・プリンスのベースというシンプルな編成によるドラムレス・トリオを結成し、ばりばりスピーディに、ソリッドに、スウィングしまくっていた。

たとえば、彼が1944年に放ったヒット「ストレイトゥン・アップ・アンド・フライ・ライト」。これは黒人の間に古くから伝わる民話を下敷きにしたジャンプ・チューンだ。牧師だった彼の父親がよく説教に引用していた物語らしい。このように民話を取り入れたポップ・ヒットというのはロックンロール時代以降多く見られるようになったが、1940年代にはまだ珍しかった。いや、むしろこの曲がその種の初ヒットと言ってもいいかも。

にもかかわらず、この曲は全米チャートで最高9位、R&Bチャートでは1位に輝き、50万枚を売り上げた。プロのソングライターによる、いかにも作り物の色恋ソングではない、大衆の間で語り継がれてきた素朴な物語であっても、幅広い聴衆に受け入れてもらえることを初めて証明してみせた1曲だった。

のちにロックンロールの重要なオリジネイターのひとりとして強烈なビートを作り上げるボ・ディドリーも、キング・コールの「ストレイトゥン…」に大いに触発された男。ディドリーはこの曲から学び、黒人民話を下敷きにしたロックンロールの名曲を次々と生み出した。キング・コールがロックンロール/R&Bの文脈で語られることはほとんどないけれど、「ストレイトゥン…」がロックンロールの誕生に与えた影響は大きい。

このCD7枚組(あるいはアナログLP10枚組)のボックスセット『ヒッティン・ザ・ランプ〜ジ・アーリー・イヤーズ1936-1943』は、表題通り、そんなキング・コール・トリオの初期、1936年から1943年まで、キャピトル・レコードに移籍してスター街道をばく進することになる前の作品を総まくりした逸品だ。生誕100周年を祝って、レゾナンス・レコードとナット・キング・コール財団が協力して編纂している。11月1日発売だけど、入手に手間取ってしまい、ちょっと遅れての紹介です。

キング・コールが初めて全米チャート入りを果たしたのは1942年。デッカ・レコード在籍時のことだ。アーバン・ブルース調の「ザット・エイント・ライト」が全米R&Bチャート1位に輝いたのが最初。続いて、翌1943年にエクセシオール・レコードに移籍して放ったジャジーな「オール・フォー・ユー」がやはりR&Bチャート1位に輝いて。この曲は全米ポップ・チャートのほうにもランクして、最高18位まで上昇した。そんなふうにヒットチャートにも切り込むようになって、やがて前出「ストレイトゥン・アップ・アンド・フライ・ライト」が1944年になって大ヒット。いよいよキング・コールの快進撃が全米に向けてスタートすることになるわけだけれど。

本ボックスに収められているのは、そこまでのキング・コールだ。まじ、ド初期。最初は1936年、17歳のときに兄弟エディ・コールのソリッド・スウィンガーズのバンマスとしてデッカで行なったセッション音源からスタート。以降は1937年にザ・キング・コール・トリオを結成したのち、ラジオ放送のために記録されたトランスクリプション音源がこれでもかとどっちゃり収められている。1940年以降、アモール、デッカ、フィロ、マーキュリー、エクセルシオールなどに残されたスタジオ・マスター・テイクももちろん収録。

アニタ・ボイヤーとともにクレジットなしで初めて行なったセッション音源や、マキシン・ジョンソンをバックアップした音源も。レスター・ヤングやレッド・キャレンダーとの共演音源、デクスター・ゴードンとハリー“スウィーツ”エディソンとの共演音源も入っている。未発表テイクもあり。徹底したリサーチぶりが痛快なほどだ。キャピトルに移籍した1943年以降に定番曲となるレパートリーのトランスクリプションや初期テイクなども含まれていて、いろいろと興味深い。ブックレットやジャケットには貴重な写真やコメントも満載。同時期の音源を集めたCDもこれまでいろいろ編纂されてきたけれど、今のところ本作が最強かも。

ていねいにリマスター作業がなされていて、そっちのほうもなかなかの仕上がりだ。もちろん今の音作りに慣れた耳には薄く、チープに届くかもしれない。けれども、そのチープに聞こえるかもしれない音質の向こう側に潜む彼ならではの革新的なグルーヴや雄大な歌心を聞き取ることこそ、リスナーに課せられた最大の使命。聞き取れなかったら、それはリスナーとして“負け”だとすら、ぼくは思う。

てことで、年末年始を若き日のキング・コールの躍動感とともに過ごすとか。いいんじゃないですかね。もちろん歌もいいけど、この人のピアノ、ほんと最高だから。

Resent Posts

-Disc Review
-, , , ,