Disc Review

Déjà Vu: 50th Anniversary Deluxe Edition / Crosby Stills Nash & Young (Rhino/Atlantic)

デジャ・ヴ:50周年デラックス・エディション/クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤング

以前、ニール・ヤングの『ヤング・シェイクスピア』という未発表ライヴ・アルバムを紹介した際も書いたことの繰り返しになるのだけれど。ぼくたち日本の洋楽ファンは、というか、少なくとも当時中学生だったぼくは、CSNY、つまりクロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤングというグループの素性について、ほとんど何もわかっていなかった。

当初、CSN、クロスビー、スティルス&ナッシュとして1969年にファースト・アルバムをリリースしたとき、ぼくが当時愛読していた『ミュージック・ライフ』誌などでも“スーパー・グループの誕生”とか紹介されていたものの。

バーズのCと、バッファロー・スプリングフィールドのSと、ホリーズのN…。まあ、ホリーズの「バス・ストップ」やバーズの「ミスター・タンブリン・マン」あたりは知っていたけれど、せいぜいその程度。Sさんはアル・クーパーとの『スーパー・セッション』で名前をおぼろげに知っていたけれど、バッファロー・スプリングフィールドというバンドのこととなると、さっぱり。彼らのオリジナル・アルバム、当時は国内盤でまともに出ていなかったんじゃなかったっけ。「フォー・ホワット」のシングルと、あとベスト盤くらいは見かけたことがあった気もするけれど…。

それだけに、最初はいったいどこが“スーパー”なんだかさっぱりわからずじまい。でも、リスナーとして好奇心旺盛な時期だったこともあり、情報が少ない中ながらがんばっていろいろ調べた。で、時とともにだんだん彼らのそれまでの歩みもわかってきて。何よりも彼らがリリースしたファースト・アルバムの素晴らしさをじわじわ思い知って。

時代はロックを旗印に世の中を変えようとと熱く燃え上がった激動の1960年代末から、鎮静した1970年代へなだれ込もうとしているころ。そんな時代に、スーパーなはずなのにけっしてスーパー然としていない、鳴り物入りの大物感を強調した押しつけがましさのない、なんとも穏やかで、さりげないCSNのたたずまいがしっくりきた。そして、結果的にはこのさりげなさ、穏やかさが時代を制覇していくことになった。リリース後1年の間にデビュー盤はアメリカで200万枚売れ、チャート6位まで上昇した。

やがてスティルスと同じバッファロー・スプリングフィールドに在籍していたニール・ヤングが合流。クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤングへとバージョンアップする形で制作されたセカンド・アルバム『デジャ・ヴ』は発売前の予約だけで売り上げ200万枚のセールスを達成。1970年3月にリリースされると、当然のように全米1位に輝き、最終的には88週間、全米アルバム・チャートにランクし続けた。

興味深かったのは、彼らのアルバムに従来的な意味合いでの、いわゆる“バンドらしさ”があまり感じられなかったことか。4人のソロ・アーティストがそれぞれ自分の作品を数曲ずつ持ち寄り、それぞれのやり方で主導権を握りつつレコーディングしたある種のコンピレーションとでも言えばいいのだろうか。ビートルズの“ホワイト・アルバム”的というか。のちの『風街ろまん』的というか。

だから作者が替わるごとにサウンドも変わる。4人のメンバーが、誰に従属するでもなく、誰を従えるでもなく共存する、リーダーなき共同体。より個的なレベルでのラヴ&ピースの精神の確立。熱にうかされたような60年代的共同幻想の夢が崩壊した直後、当時の流行語で言えば“シラケの時代”に、このクールな姿勢がやけに魅力的に映ったわけだけれど。

1970年代の幕開けを告げた、そんな大傑作アルバムの発売50周年を記念した強力なデラックス・エディションが米ライノ・レコードから登場した。フォーマットは2パターンで。アナログLP5枚組ボックス、あるいはCD4枚+LP1枚のボックス。どちらにも、レアな写真やキャメロン・クロウによる新ライナーノーツなどを満載したLPジャケット・サイズの豪華ブックレットが付く。

ぼくが買ったのは4CD+1LPのセット。無駄かなとは思いつつ、ハイレゾ音源も…(笑)。CD1は最新リマスターがほどこされたオリジナル・アルバム。けっこういい音に仕上がっている気がする。これまでのCDではちょっと高域とかが不自然に強調されて平べったく響いていたのがナチュラルに修正された感じ。ベトナム戦争とニクソンの時代。まだまだ混乱の直中にあった当時の社会背景を反映した、4人の緊迫感みなぎるハーモニーとか、スティルスとヤングが繰り出すスリリングなギター・ソロとかが的確な音質で21世紀によみがえっている。

CD2はデモ・テイク集。オリジナル・アルバム収録曲、未発表曲、各メンバーが後にソロ・アルバムなどに収めることになる楽曲などのシンプルなデモ音源が集められている。あ、もともとはこういう曲だったんだ…という発見も多数。ラストに収められている「アワー・ハウス」のグレアム・ナッシュとジョニ・ミッチェル、当時恋人どうしだった二人のデュエット・デモとか、やばいです。ナッシュがピアノ間違ったりするとジョニさんがきゃっきゃ楽しげに笑ってたりして。多幸感、ハンパなし。懐かしい言葉で言えば、この“ニュー・ファミリー”的感触の背景には、前述したような混乱の時代に刻み込まれた世代的な深い挫折感が潜んでいたりもするわけで。その辺も含めて、1970年代に入ったころの象徴的なドキュメントだなぁ…。「アワー・ハウス」はもうひとつ、ナッシュひとりのデモも入っているけれど、これは以前、ナッシュのデモ音源集に入っていたのとはまた別キー、別テイク。

CD3はアウトテイク集。やがて『4ウェイ・ストリート』で世に出る曲とか、各メンバーのソロ作に収められる曲とか、CD2のデモ集同様、過去ブートレッグなどで出回っていた音源も含めてこの時期のCSNY作品がまとめられている。この盤がいちばん興味深いかも。

で、CD4がヤングさんの「カントリー・ガール組曲」以外の収録曲の別テイク、初期テイク集。「ヘルプレス」のハーモニカ・イントロ・ヴァージョンとか、ニール・ヤングの“アーカイヴ・シリーズ”で既出のものもあるけれど、それにも2021年最新リマスターがほどこされている。このディスクもむちゃくちゃ面白い。ジェリー・ガルシアのペダル・スティール抜き、アコースティック・ギターとコーラス・ハーモニーのみで綴られる「ティーチ・ユア・チルドレン」の初期ヴァージョンとか、ギター・フレーズも含めてずいぶんと粗っぽくドタバタ度が高い「オールモスト・カット・マイ・ヘア」とか(笑)、よりソウルフルなスティルスのヴォーカルが楽しめる「ウッドストック」とか、実に興味深い。

で、180グラム重量盤LPは、最新リマスター版オリジナル・アルバム。

さすがにニール・ヤングは、自身のアーカイヴ・シリーズとかがあるからかどうなのか、理由はわからないけれど、先行公開された「バーズ」の他、あんまり多くの未発表音源を提供してくれておらず、ちょっと残念。「ヘルプレス」のテンポを落とす前のヴァージョンとか、「エヴリバディーズ・アローン」のCSNYヴァージョンがついに世に出るのでは…? とか、噂だけはあったので、楽しみにしていたのだけれど。それは叶わず。でも、OK。スティルスを中心に他の3人がけっこう太っ腹にあれこれ提供してくれていて。ここに詰め込まれた38トラックのボーナス音源だけで深掘りするにはとりあえず十分かも。

ご存じの通り、CSN(Y)のオリジナル活動期というのは短かった。たった2枚のスタジオ・アルバムと1組のライヴ盤を残しあっという間に解散してしまった。本作の冒頭に収められた「キャリー・オン」も、実は続けていくのが困難な自分たちのバンド活動に向けて歌われたものでもあったという。

1971年、彼らが最後に残したライヴ・アルバムのタイトルは『4ウェイ・ストリート』だった。4つ、それぞれの道。その後、機会があるごとに再結成するCSN(Y)ではあるけれど、彼らが歩んでいるのは、今なお、それぞれの道だ。そんな4つの個性がほんの一瞬とはいえ、場を共有し、溶け合い、あるいは強烈に反発し合いながら作り上げた奇跡の1作。それが『デジャ・ヴ』だった。

発売から半世紀を超えて、しかしまだまだ発見は多そう。じっくり箱と向き合います。

Resent Posts

-Disc Review
-, , ,