Book Review

The Philosophy of Modern Song / Bob Dylan (Simon & Schuster)

ザ・フィロソフィー・オヴ・モダン・ソング/ボブ・ディラン

出ましたよ。ボブ・ディランの新刊本『ザ・フィロソフィー・オヴ・モダン・ソング』。11月1日に海外で出版されました。ノーベル文学賞受賞後、初めて出たディランの著作。

もちろん、まだ英語なもんで。ぼくごときの語学力では理解不能なディランならではの難解な言い回しも多く。しっかり受け止めることはできていない。というか、正直、目を通したのはまだ半分くらいまで(笑)。翻訳本が出るのを待望しているわけですが。でも、想像力をかき立てるレトロな写真とか昔の広告とかもたっぷり載っているし。見てるだけでも楽しい。なので、取りいそぎ紹介しちゃおっかなー、と。

ディランが音楽について書く文章というのが、なんだかかっこよくてぼくは好きなのだ。『奇妙な世界に(World Go Wrong)』ってアルバムが出たのは1993年。もう30年近く前のことになるけれど。ご存じの通り、これ、前年に出た『グッド・アズ・アイ・ビーン・トゥ・ユー』と同趣向の弾き語りカヴァー集で。前作がトラディショナル・フォーク系の作品中心だったのに対しこちらはカントリー・ブルース/ルーラル・ブルース寄りの選曲。前作よりもダークかつ悲痛なムードをたたえた1枚だった。

で、その内容もさることながら、ディランが収録曲それぞれについて書き下ろしたちょっとしたライナーノーツがやけにかっこよくて。古い楽曲に対する彼独自の見解というか、一風変わった見識というか、シュールな感想というか、短いながらもイマジネイティヴな文章が、乱暴さと繊細さが共存するディランならではのカヴァー・パフォーマンスとあいまって、それらの楽曲に新たな輝きを与えていたっけ。

この感触は、例の『Theme Time Radio Hour』にも受け継がれていた。2006年5月、アメリカの衛星ラジオ局“XM”でスタートし、その後インターネット・ラジオでも聞くことができたディランの1時間ものDJ番組。2009年4月に終了するまで3シーズン、全100回分がオンエアされた、あれ。

ディランの枯れた語り口がごきげんだった。ノスタルジックなジングルや昔のラジオCM、有名人からのメッセージ、映画のワンシーンなど興味深い音が随所に挿入されるのも楽しかった。けど、とにかく選曲。素晴らしかった。天気、母親、酒、野球…など、毎回ひとつずつ“お題”を決め、それにまつわる楽曲をディランの語りでつないでいく。年代別とかジャンル別とか地域別とかアーティスト別とか、そういうありがちな形ではなく、テーマ別というある種乱暴な切り口のもと、それを突破口に年代とかジャンルとか地域といった壁を一気に飛び越えてみせるところがミソだった。

いわば、その書籍版って感じか。ディランはここで、自作の楽曲ではなく、様々な時代の他アーティストによる66曲をピックアップ。ディランならではの切り口で1曲1曲を語ってみせる。

冒頭を飾るボビー・ベア「デトロイト・シティ」をはじめ、チャーリー・プール「オールド・アンド・オンリー・イン・ザ・ウェイ」、ハンク・ウィリアムス「ユア・チーティン・ハート」、マーティ・ロビンス「エル・パソ」、ジョニー・キャッシュ「ビッグ・リヴァー」といったカントリーあり。

ペリー・コモ「ウィズアウト・ア・ソング」、ビング・クロスビー「ウィッフェンプーフ・ソング」、ボビー・ダーリン「ビヨンド・ザ・シー」、ヴィック・ダモン「君住む街角(On the Street Where You Live)」、ディーン・マーティン「ブルー・ムーン」、フランク・シナトラ「夜のストレンジャー(Strangers in the Night)」のようなポピュラー・ヴォーカルものあり。

リトル・ウォルター「キー・トゥ・ザ・ハイウェイ」、ジミー・リード「ビッグ・ボス・マン」のようなブルース系あり。リトル・リチャード「トゥッティ・フルッティ」、エルヴィス・プレスリー「マニー・ハニー」、カール・パーキンス「ブルー・スウェード・シューズ」、リッキー・ネルソン「プア・リトル・フール」といった初期ロックンロールあり。

レイ・チャールズ「アイヴ・ガット・ア・ウーマン」、アーニー・Kドゥ「ア・サーティン・ガール」、エドウィン・スター「黒い戦争(War)」、テンプテーションズ「ボール・オヴ・コンフュージョン」、ハロルド・メルヴィン&ザ・ブルーノーツ「二人の絆(If You Don’t Know Me by Now)」など新旧R&Bあり。

ザ・フー「マイ・ジェネレーション」、オールマン・ブラザーズ・バンド「ミッドナイト・ライダー」、グレイトフル・デッド「トラッキン」、サンタナ「ブラック・マジック・ウーマン」、クラッシュ「ロンドン・コーリング」、エルヴィス・コステロ「パンプ・イット・アップ」などロックあり。

さらにシェール「悲しきジプシー(Gypsys, Tramps and Thieves)」、ジミー・ウェッブ「恋はフェニックス(By the Time I Get to Phoenix)」、イーグルス「魔女のささやき(Witchy Woman)」、ジャクソン・ブラウン「ザ・プリテンダー」、ウォーレン・ジヴォン「ダーティ・ライフ・アンド・タイムズ」みたいなタイプの曲もあり…。こうしてラストのディオン&ザ・ベルモンツ「いつかどこかで(Where or When)」まで。

まさに『Theme Time Radio Hour』を聞いているときのような気分。もちろん、選曲はオールタイム・ベストのようなものではけっしてない。ある意味マニアックなディランズ・フェイヴァリッツ。それらの曲を楽理的に分析するわけでも、作者の意図を読み解くわけでもなく。その曲を聞いてディランが何を感じたか。どんなインスピレーションを得たか。それらが独特の筆致とともにクールに綴られていく。各曲に関する詳細なインフォメーションはまったくないものの、その辺はこのインターネット時代、読む者各自がググれ、と。そういう感じなのかな。

「アイヴ・ガット・ア・ウーマン」の項などでは、歌詞に出てくる通り、街の離れたところに住む恋人のところへ車で向かっている男が、渋滞に巻き込まれ、なぜ同じ職場の、たぶん近場に住んでいるに違いない若い女ではなく、遠いところに住む彼女のもとへわざわざ車を走らせているのか、解決しようのない思いを巡らせつつカーラジオに耳を傾けている様子が、歌詞のキーフレーズを随所に引用しながら短いスケッチふうに描かれていたりもする。「アイヴ・ガット・ア・ウーマン」でいい感じに盛り上がっていた男女が、ちょっと時を重ねて、さて関係性がどう移ろいつつあるのか、みたいな?

“昼下がりの陽光はマッチの頭よりも熱かった。車のシートに貼り付いた汗まみれのTシャツが乾くのに十分なほど長いドライヴだった。彼はポケットを叩き、彼女が住む通りへと曲がるとき口に放り込むガムがあるかどうか確かめた。が、その瞬間はまだまだ先のこと。彼はラジオを付け、ファットヘッド・ニューマンのテナー・サックスに合わせてハンドルを叩いた。”

ってとことか。かっこいい。訳がヘタクソで伝わりにくいかもしれないけど。レイ・チャールズの名前はいっさい出さず、曲名にも触れず、間奏のサックス・ソロを吹いているデヴィッド“ファットヘッド”ニューマンの名前だけでその曲を語るとか。憎いね、まったく。

「二人の絆」の項では聖書のヨブ記に触れ、“いにしえの時代、聖書を読んだ者は、おそらくヨブに対する神の無情とも思える振る舞いに心を痛めたことだろう。が、ヨブの敬虔さについて神が悪魔と賭けをするプロローグが後世付け加えられたことで、旧約および新約聖書の中でもっともエキサイティングかつ刺激的な章のひとつになった。文脈がすべてだ。人々が自分たちの人生に物事を適合させる手助けをすることは、それらを喉にたたき込むよりずっと効果的なのだ。ここにラヴ・ソングに対する別角度からの見方がある”とか書いてあって。

何のことやらさっぱりわからないので(笑)、真意に関してはとにかくちゃんとした翻訳本を待つしかないものの。なんだか言い回しのニュアンスにしびれちゃって。ハロルド・メルヴィン&ザ・ブルーノーツのシングル、また引っぱり出しちゃうわけです。音楽を聞いて何か文章を書くという、とりあえずそういうことを生業にさせてもらっている身としては、いろいろ刺激になるというか、逆に自分の至らなさを思い知り諦めの気分になるというか。

土着と洗練、具体と観念、形而下と形而上、そうした両極に分断してとらえられがちなアメリカ音楽の歴史や伝統をすべて等距離にあるものとして並列してみせるディランの眼差し。その広大さと深さを、しかも現在進行形のものとして思い知らせようとした1冊って感じか。そう思うと、タイトルの“モダン”って言葉が意味深。2006年の傑作アルバム『モダン・タイムズ』と同様に、ね。

両脇にリトル・リチャードとエディ・コクランを従えた女性ロカビリアン、アリス・レズリーの写真が使われたカヴァーからして、なんだかやばい。でも、そのわりに中身には女性アーティストの曲が2曲しかチョイスされておらず、アリス・レズリーの曲も特に登場するわけではない。そんなところが、またなんともディラン。

いずれにせよ、これもまたボブ・ディランの“頭の中”だ。自伝の続編が出るという噂もあったけれど、本書もいわば自伝みたいなものか。

ディラン本人をはじめ、ジェフ・ブリッジス、オスカー・アイザック、リタ・モレノ、ジェフリー・ライトら複数名がナレーションを務めたオーディオブックもあり。ディランが「夜のストレンジャー」のパートを朗読している音源が某所に違法アップロードされていて、聞いてみたら、曲はかからないけどまさに例のラジオ番組みたいで。おーっ! と思いましたよ。このあと朗読版のCDも出るみたいだし。どうしよう。こっちも買っちゃおうかな。聞いてもさっぱりわからなさそうだけど(笑)。

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