Disc Review

Can't Buy a Thrill (50th Anniversary Vinyl LP) / Steely Dan (Geffen/UMG)

キャント・バイ・ア・スリル(50周年LP)/スティーリー・ダン

おー、これも50周年か。

スティーリー・ダンの場合、普通のバンドというイメージはなくて。ドナルド・フェイゲンとウォルター・ベッカーを中心に、腕利きセッション・ミュージシャン勢を多数を駆使しながら、プロデューサーのゲイリー・カッツと、エンジニアのロジャー“イモータル”ニコルスとの絶妙なタッグの下、都会的で洗練された音世界を構築し続けたクールなポップ・ユニット…と。そういう感じ。従来の“バンド”という概念を大きく覆す独自の音作りを続けていたわけだけれど。

そんな彼らがまだ具体的なバンド形態をとって世にお目見えしたころ、1972年10月にリリースされた記念すべきデビュー・アルバムが、ドナルド・フェイゲン自らの監修の下、バーニー・グランドマンのリマスター、アレックス・アブラッシュのマスタリング/カッティングによる最新音源が超高品質180グラム重量盤ヴァイナルLPで復刻された。

1970年代初頭、ソングライター・チームとして活動していた若きフェイゲンとベッカーを後押ししていたカッツが、彼らをアーティストとして売り出すにあたって何はともあれアルバムを録音しようと思い立ち、まずはバンドを結成。フェイゲン(キーボード、ヴォーカル)、ベッカー(ベース)、デニー・ダイアス(ギター)、ジェフ・“スカンク”・バクスター(ギター)、ジム・ホッダー(ドラム)という顔ぶれが集まった。

さらにヴォーカリストとして元ミドル・クラスのデヴィッド・パーマーも招集。フェイゲンがまだリード・シンガーとして自信を持っていなかったためらしく、パーマーはアルバムで「ダーティ・ワーク」と「ブルックリン」の2曲のリード・ヴォーカルを担当した。ちなみに「ミッドナイト・クルーザー」はジム・ホッダーがリード・ヴォーカル。今ではステージ上でばりばりMCまでこなしながら歌いまくるようになったフェイゲンも、当時はまだかわいらしかったわけだ。ともあれ、こうして6人編成の即席ニュー・バンド、スティーリー・ダンが誕生した。

数週間のリハーサルのあと、メンバーどうしまだ深い交流もないままレコーディングがスタート。全曲、ベッカー=フェイゲン作品で、プロデュースはもちろんゲイリー・カッツだ。6人以外にもスヌーキー・ヤング(フリューゲル・ホーン)、ジェローム・リチャードソン(サックス)、ヴィクター・フェルドマン(パーカッション)らが参加。当初はベースを担当していたベッカーを含めてギタリストがすでに3人いるにもかかわらず、ゲスト・ギタリストのエリオット・ランドールが「キングズ」と「輝く季節(Reelin in the Years)」の2曲でソロを披露していたあたり、とりあえずバンド形態でデビューを目論んではいたものの、フェイゲン、ベッカー、カッツの本音が早くも見え隠れしているような感じか。

というわけで、収録曲はどれも精緻に構成され、洗練されたコード進行や優雅に浮遊するメロディ感覚、まるで暗号のような歌詞など、その後のスティーリー・ダンに通じる味がすでに芽吹いていた。シングル・カットされた「ドゥ・イット・アゲイン」とか、ラテン・ビートを取り入れたタイトな演奏をバックに、屈折に満ちた言葉の渦が舞っていて。まじ、かっこよかった。そのころぼくは高校生で。音楽的な幅もまだまだ狭い、リスナーとしてのヒヨッコ時代ではあったのだけれど。それでも、むちゃくちゃクールなサウンドに心ときめいたものだ。

が、どうやら当時の彼らはライヴ活動でつまずいたらしく。本人たちの発言によれば、デビュー当時の彼らのライヴ演奏は聞けたものじゃなかったとか。スタジオ・ワークには慣れていた6人のメンバーも、ライヴでは勝手が違ったようだ。「ドゥ・イット・アゲイン」のライヴ映像を、当時日本でもレギュラー放送されていた米テレビ音楽番組『ミッドナイト・スペシャル』で見た覚えがあるのだけれど、確かにレコードで聞かれる緻密なグルーヴはいっさい感じられなかった気がする。アルバムではフェイゲンがリード・ヴォーカルをとっていたけれど、そのテレビの生演奏ではデヴィッド・パーマーが歌っていた。ジェフ・バクスターもギターではなくコンガをぽかすか叩きまくっていた。

そうしたもろもろの混乱もあって、徐々にスティーリー・ダンは普通のバンド形式ではなく、フェイゲン=ベッカーを核に据えた、編成的には変幻自在のサウンド・クリエイト・ユニットへと変化していくことになったわけだけれど。

いずれにせよ、そんな彼らの最初の一歩が『キャント・バイ・ア・スリル』だったわけだ。ボブ・ディランの「悲しみは果てしなく(It Takes a Lot to Laugh, It Takes a Train to Cry)」からとったというアルバム・タイトルも憎い。まだ試行錯誤段階の1作ではあったのだろうけれど、50年後の今聞いても当時感じたワクワク感がよみがえってくる。

なんでも、このスティーリー・ダンのリイシュー・シリーズ、この後も順を追って、1973年の『エクスタシー(Countdown to Ecstasy)』、1974年の『プリッツェル・ロジック』、1975年の『嘘つきケイティ(Katy Lied)』、1976年の『幻想の摩天楼 (The Royal Scam)』、1977年の『エイジャ』、1980年の『ガウチョ』まで、来年、2023年にかけてリリースされていく予定だとか。ヴァイナルのみならずSACDでのリリースも予定されているみたい。

まあ、正直言って世代的に全盤アナログで持っているわけだけれど。フェイゲン監修の音質がどんな感じになっているのかとか、すごく気になるところ。なもんで、ぼくは今回、フィジカルではなく192kHz/24bitのハイレゾで買いましたー。今後も楽しみ。

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