Disc Review

…but i’d rather be with you / Molly Tuttle (Compass Records)

バット・アイド・ラザー・ビー・ウィズ・ユー/モリー・タトル

以前もこのブログで書いたことだけれど。新型コロナウイルス禍という、これまで誰も経験したことのない、不安と孤独感と途惑いが交錯する特殊な時間は、多くのクリエイターたちに改めて自分の足下を見つめ直す機会を与えたようだ。

たぶん、そういう状況の下、多くのアーティストがカヴァー・アルバムを制作しているような気がする。本ブログで最近取り上げたものとしては、タニヤ・ドネリー&ザ・パーキントン・シスターズとか、ホイットニーとか…。そのとき書いた文章を繰り返させてもらえば——

ステイホームしながら自らのルーツを改めて見つめ直してみたからこそなのかもしれないし、空いた時間を有効活用していつもとは違うことをしてみよう的なことかもしれないし、いつどうなるかわからない状況だけに、今のうちに心から好きな歌を自分でも歌っておきたい的なことかもしれないし…。

そして、凄腕アコースティック・ギタリストとしてもおなじみ、カリフォルニア生まれの女性シンガー・ソングライター、モリー・タトルが放つ新作もまた、実に興味深いカヴァー・アルバムだったのでありました。

1993年生まれの27歳。8歳のころ、ギターを弾き始め、11歳でお父さんのジャック・タトルとともにステージ・デビュー。地元のブルーグラス・サーキットでジャムったりしていたらしい。2006年、13歳のときに父親とともにモリー&ジャック・タトル名義でアルバム『ジ・オールド・アップル・トゥリー』をリリース。

以降、多くのイベントに出演したり、コンテストで優勝したり、多彩なアーティストのアルバムにゲスト参加したり、ガールズ・バンド“グッドバイ・ガールズ”の一員として2016年にアルバム『スノウィー・サイド・オヴ・ザ・マウンテン』を出したり…。いろいろやった後、いよいよ2017年、ミルク・カートン・キッズやナサニエル・スミスらがゲスト参加した7曲入りEP『ライズ』をソロ名義で発表。さらに去年の春には初のフル・アルバム『ホエン・ユーアー・レディ』もリリース。これが大いに話題を呼んだ。先日、本ブログでも紹介したマット・ローリングズのアルバムにもゲスト参加していたっけ。

そんな流れで出たのが本作『バット・アイド・ラザー・ビー・ウィズ・ユー』というわけだ。前述した通り、全編カヴァーで占められた1枚で。プロデュースはフィービ・ブリッジャーズやアンドリュー・バードとの仕事で知られるトニー・バーグ。

現在はナッシュヴィルを拠点にしているモリーは、新型コロナ禍のみならず今年の3月に当地を直撃した竜巻による被害などがあったため、地元を離れることなく、ロサンゼルスのトニー・バーグとプロトゥールズのデータをやり取り。モリーがナッシュヴィルの自宅で録音したベーシック・トラックに、バーグがロサンゼルスでマット・チェンバーレイン(ドラム)やパトリック・ウォーレン(キーボード)らセッション・ミュージシャンの演奏をダビングしながらアルバムを完成に導いたらしい。

とにかく選曲が面白い。ごきげん。ザ・ナショナルの「フェイク・エンパイア」でスタートして、ローリング・ストーンズの「シーズ・ア・レインボウ」、アーサー・ラッセルの「ア・リトル・ロスト」、カレン・ダルトンの「サムシング・オン・ユア・マインド」、FKAツイッグスの「ミラード・ハート」、ラインシドの「オリンピア・ワシントン」、グレイトフル・デッドの「スタンディング・オン・ザ・ムーン」、ヤー・ヤー・ヤーズの「ゼロ」、ハリー・スタイルズの「サンフラワーVOL.6」、そしてキャット・スティーヴンスの「ハウ・キャン・アイ・テル・ユー」。

往年のシンガー・ソングライターもの、クラシック・ロックものから、近年のインディ・ロック、チェンバー・ポップ、パンク、エレクトロニカまで。サブスク世代ならではの奔放かつ柔軟なジャンル横断感覚が痛快だ。それらをモリーならではの今様アメリカーナ・アプローチで切り取って聞かせる。ペダル・スティールなども導入してひときわリリカルに綴るデッドの「スタンディング・オン・ザ・ムーン」にはドーズのテイラー・ゴールドスミスが、ランシドのパワー・ロックンロールをカントリー・ロック・グルーヴで料理した「オリンピア・ワシントン」にはオールド・クロウ・メディシン・ショーのケッチ・シーコアがそれぞれデュエット・ヴォーカルで参加。

歌声のバックで展開する豊かな広がりが印象的なコード感も、アップテンポ曲のソロ・パートで披露するドク・ワトソンばりの火を噴くようなフラット・ピッキングも相変わらず見事。かっこいい。FKAツイッグスの「ミラード・ハート」で披露する多重コーラスもあの曲の奥底に眠っていた美しさのようなものを別角度から引き出していて、素敵だ。時間軸が彼女を媒介にぐわーっと歪んで、伝統と今とが意外な接点でつながって、思いもしなかった形で新鮮に躍動し始めて…。

今月中旬には国内盤も出るそうです。

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