Disc Review

Western Stars / Bruce Springsteen (Columbia)

WesternStars

ウエスタン・スターズ/ブルース・スプリングスティーン

ボブ・ディランのローリング・サンダー・レヴューまつりがまだまだ収まらない中、こっちも出ちゃいました。ブルース・スプリングスティーン、話題の新作。こことかここで、もうだいぶ前からぼくも盛り上がりまくっていますが。ついに発売日を迎えて。いやー、予感通り、やっぱり全編素晴らしかった。

なんでも本作は、もう10年近く前から制作が開始されており、ほとんどの曲が5年ほど前までに書き上げられていたらしい。ご本人がインタビューに答えて語ったところによると、目指したのはシンガー・ソングライター色の濃いアルバム。60年代後半〜70年代初頭の米国西海岸系ポップ・カントリー音楽が体現していたような世界観がソングライティングの基調になっている、と。

が、制作に取りかかった後、米国はどんどん混乱。そうした状況に触発されて、スプリングスティーンは次々と社会背景を反映した刺激的な楽曲を書くように(書かざるを得なく)なり、それらを『レッキング・ボール』というアルバムに詰め込んでリリース。本作は後回しということになった。以降も、過去の作品群を新たにまとめあげたりする作業と、それらと連動するライヴ・ツアー活動、さらには破格のロングランを記録したブロードウェイ公演などがあったため、本作の制作はえんえん中断していたようだ。

が、ブロードウェイ公演もようやく一段落。作業が再開され、めでたく本作『ウェスタン・スターズ』が完成に至った、と。

ここに収められた楽曲群は、いわゆるトピカルな要素にいっさい縛られていない、より普遍的な心象なり事象なりを描いたものばかり。なもんで、ついついリリースが後回しになってしまったのかもしれない。が、むしろそのおかげで時を超える名盤が生まれた。時代性などに左右されることなく、聞く者の胸にまっすぐ沁みわたってくる。スプリングスティーンの歌のうまさ、ストーリーテリングの巧みさなどを存分に楽しむことができる仕上がりでもある。

各楽曲の主人公の設定だけでも泣ける。どこに向かうのかさえわからずヒッチハイクを繰り返す男(「ヒッチハイキン」)。かつては幸せだったのに今では閉塞感にのみ支配された我が家を逃れ、誰もが寝静まる真夜中にハイウェイを疾走しながら町から町へさまよう男(「ザ・ウェイフェアラー」)。自分はもう昔とは違うこと証明するため、かつて置き去りにしてきた彼女が汽車で到着するのを駅で待つ男(「トゥーソン・トレイン」)。西部劇映画で一度ジョン・ウェインに撃たれる役をつとめたことだけが自慢の大部屋俳優(「ウェスタン・スターズ」)。ハイウェイ沿いのカフェに夜な夜な集まる訳ありのトラック・ドライバーやバイカーたち(「スリーピー・ジョーズ・カフェ」)。向こう見ずなスタントマン生活と人生を重ね合わせる男(「ドライブ・ファースト」)。大切な存在を失い、忘れることができず苦悩する男(「チェイシン・ワイルド・ホーセズ」)。愛する人と遠く離れ孤独にさいなまれる男(「サンダウン」)。こちらも愛する人を捨ててまで音楽の町へとやってきたのに、夢に破れてしまったらしき男(「サムウエア・ノース・オブ・ナッシュビル」)。たくさんの嘘をつき、結局はそれに苦しめられ続ける男(「ストーンズ」)。かけがえのない人に捨て去られ後悔する男(「ゼア・ゴーズ・マイ・ミラクル」)。憂鬱や孤独を振り払いたいと太陽に懇願する男(「ハロー・サンシャイン」)。さびれたモーテルの跡地で過ぎ去った日々を虚しく回想する男(「ムーンライト・モーテル」)…。

どれも優れた短編小説を読んでいるかのような気分にさせられる。スプリングスティーンは、こうした主人公たちの物語を、ストリングスやホーンをさりげなく、しかし効果的に配した広がりのある音像で包み込み、イマジネイティヴに綴ってみせるのだ。この秋、70歳を迎えるスプリングスティーン自身の心情も、彼ら歌詞の主人公の姿に投影されているのかもしれない。ロン・アニエロがプロデュース。パティ・スキャルファ、チャーリー・ジョルダーノ、スージー・タイレルらEストリート・バンドの現メンバーに加え、初期メンバーのデヴィッド・サンシャスも参加。ジョン・ブライオンの名前もクレジットされている。

きわめてパーソナルな色合いが強かったブロードウェイでの試みなども含め、この路線でずっと行ってくれてもいいんだけど。でも、スプリングスティーンは間もなくEストリート・バンドと改めてタッグを組み、アルバムを作って、ツアーにも出そうな勢い。バンド向けの新曲がもうそれだけ書けちゃっているらしい。すごい人だなと改めて思うけれど。このアルバムをライヴの場で披露するところも見たかったなぁ…と、つい贅沢なことも望んでしまいます。

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