Disc Review

Hallelujah: The Songs of Leonard Cohen / Various Artists (Ace)

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ハレルヤ~ソングズ・オブ・レナード・コーエン/ジェフ・バックリー、ニック・ケイヴ、k.d.ラング、ロン・セクスミス、ルーファス・ウェインライトほか

レナード・コーエンはすごい。本当にすごい。もともと詩人、小説家として名を成したのちにシンガー・ソングライターとして本格的に活動をスタートさせた人だけに、その独特のバリトン・ヴォイスできわめて文学的な視点から綴られる“寓話”には他の誰にも表現し得ない深みと、傷みと、敬虔さと、エロスと、催淫的な毒が渦巻いている。

とか、わかったようなことを書いているけれど。

えらそうなことは言えない。ぼくが彼の魅力に素直な気持ちで正対することができるようになったのは、恥ずかしながらずいぶんと後になってからだった。もちろんジュディ・コリンズの「スザンヌ」やティム・ハーディンの「バード・オン・ザ・ワイア」といった優れたカヴァー・ヴァージョンを通してレナード・コーエンという男の存在だけは知っていた。が、初めてコーエン自身の歌声に接したのは、もう70年代も半ばに差し掛かったころ。4作目の『ライヴ・ソングズ』、あるいは次の『愛の哀しみ』が出たあとだったか…。

そのころになって、ぼくは初めて彼自身のアルバムを耳にした。遅ればせながらのレナード・コーエン初体験だった。とともに、「スザンヌ」や「バード・オン・ザ・ワイア」のオリジナル・ヴァージョンにもようやく接した。そして、なんだか歌声が暗いな、アレンジも淡々としすぎてるな、これはちょっと苦手かも、と。若さゆえの底の浅い乱暴さをもって、実に身勝手な判断を下してしまったものだ。

が、その後、しばらく辛抱強く聞き続けるうち、やはり彼の音楽は彼自身の歌声で綴られてこそ威力を最大に発揮するということを思い知るようになった。ちょうど、ピーター・ポール&マリーの洗練されたカヴァー・ヴァージョンで親しんでいたボブ・ディラン作品の真の魅力はやはりディラン本人のヴァージョンにこそあると、リスナーとしての経験を積む中で徐々に認めざるを得なくなっていったように、だ。ずいぶんと長い時間がかかった。

高校生から大学生になるころ初めてコーエン自身の歌声に接したぼくは、その真理の裾野にたどりついたころ、すでに30代になっていたかもしれない。『哀しみのダンス』という超名盤のおかげが大きかったのだけれど、いずれにせよ、いったん気づいてしまえばあとはずぶずぶだ。それまで、ちょっと苦手かも…と思っていた初期のコーエン作品群でさえ、一気に魅力的に本来の輝きをぼくの胸に届けてくれるようになった。

ぼくと違う世代で同じような体験をなさった方も少なくないのではないだろうか。長きにわたってコーラスでコーエンをサポートしてきた者ならではの温かい視点で86年、コーエン作品集『フェイマス・ブルー・レインコート』を編み上げたジェニファー・ウォーンズ、90年代に入ってから編まれた2種類のトリビュート・アルバムに参加したREM、イアン・マッカロク、ピクシーズ、スティング、エルトン・ジョン、ピーター・ゲイブリエル、ビリー・ジョエル、ボノなど、あるいは、必殺の名曲「ハレルヤ」を広く一般に知らしめるうえで大きな役割を果たしたジェフ・バックリーら、様々なシンガーたちの歌声でレナード・コーエンという存在を知って彼の作品群に恐る恐るアプローチし、徐々にその底力を思い知り、ゆっくりと、しかし確かな手応えとともに虜になっていった方々。

考えてみれば、コーエンがシンガー・ソングライターとして本格的に活動を開始したころ、彼はすでに30代。遅咲きだっただけに、官能と祈りが複雑に、分かちがたく混在する彼の世界観を理解するにはやはり聞き手もそれなりに年輪を重ねてからでないと…ということなのかもしれない。カナダ生まれの熱心なユダヤ教徒で、のちに禅の修行者へ。女たらしの詩人。独特の乾いた低音で淡々と歌われているのは、すべて愛のこと。そして神のこと。誰の日常にでも転がっていそうなささいな色恋のドラマさえも、独自の眼差しを通してある種の啓示にまで昇華させてしまう才能にはひたすら圧倒されるばかりだ。

そんなコーエンへの興味を、また新たにかき立ててくれそうなコンピレーションを今日はご紹介します。出たのは先月のことなので、ちょっと遅れてのピックアップになってしまったのだが、すみません、忘れてました(笑)。

英エイス・レコードの人気企画“ソングライター・シリーズ”の最新作として編まれたレナード・コーエン作品集。さすがコンピの選曲に関しては定評のあるエイスだけに、実に興味深いカヴァー・ヴァージョンが取りそろえられている。もちろん、前述した通り、最終的にいろいろ聞き進めていくと、コーエン作品はやはりコーエンが歌っているのがいちばん…という、なんとも身も蓋もない結論に今回も達してしまったりするわけだが。でも、これまた前述の通り、それと同じ経験をかつてぼくたちにさせてくれたボブ・ディランが、コーエンについてこんなことを語っている。

「レナードの話をするとき、誰もが彼のメロディについて語るのを忘れている。ぼくに言わせれば彼のメロディも、彼の歌詞同様、この上なく偉大な天賦の才だ…」

初回、ぱっと聞いたときに気づきにくいメロディの良さを、他のアーティストのカヴァーを通して再確認する。発言の主、ディランと同様だ。まずカヴァーで馴染んで、そのあと本人ヴァージョンの凄みを思い知る、と。本作はそんな体験を改めてするうえで絶好のコンピレーションだろう。

ジェフ・バックリーの「ハレルヤ」でスタートして、ニック・ケイヴの「雪崩」の84年ヴァージョン(激しいほう)で終わる。その間に、同郷カナダ出身のk.d.ラングやロン・セクスミス、コーエンの娘が代理母をつとめたことでユニークな血縁関係にあるルーファス・ウェインライト、コーエン作品をカヴァーした初シンガーであるジュディ・コリンズ、さらにはマリアンヌ・フェイスフル、ディオン、ニーナ・シモン、ジョー・コッカーなど、新旧多彩なアーティストが居並ぶ全18曲。リー・ヘイズルウッドの「カム・スペンド・ザ・モーニング」とバフィ・セント・メアリーの「ゴッド・イズ・アライヴ、マジック・イズ・アフット」はコーエン自身が録音していないコーエン作品だ。

個人的にはフィル・スペクターがプロデュースした77年の『ある女たらしの死』の荘厳なオープニング曲を思いきりライトなポップものに仕立てたトム・ノースコットの「真実の愛」がお気に入り!

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