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Disc Review

You Can’t Sit Down: Cameo Parkway Dance Crazes 1958-1964 + 
You Got the Power: Cameo Parkway Northern Soul 1964-1967 + 
Dancin’ Party: The Chubby Checker Collection: 1960-1966 
(ABKCO)

ユー・キャント・シット・ダウン:カメオ/パークウェイ・ダンス・クレイジズ1958-1964 他2作

ツイスト。ご存じ、腰をスピーディにひねる例のオールディーズ・ダンスのことだけれど。1960年代前半から半ばにかけて、日本でもものすごく流行ってた。空前のツイスト・ブーム。ほんと、とんでもなかった。

いや、まあ、そのころぼくはまだちびっ子だったので、当時のおにーさん、おねーさんたちの世代でどんなふうにツイストが流行していたのか、現場感覚としてリアルに体感しているわけではないのだけれど。そんな子供でも、ツイストという妙なダンス・ステップがとてつもないブームになっていることだけは主にテレビを通じて察知していた。

当時、放送されていた『アベック歌合戦』って番組とか。司会のトニー谷がクラベスを叩きながら繰り出す“あなたのお名前なんてーの?”という問いかけに、シロートの出場カップルがツイスト踊りながらリズミカルに答える、みたいな。そういう趣向が人気を博したりして。

近所の催し物会場で“ツイスト講習会”みたいなイベントも行なわれていたっけ。藤木孝の「ツイストNo.1」とか、スリー・ファンキーズの「でさのよツイスト」とか、伊藤照子の「さくらツイスト」とか、小林旭の「アキラでツイスト」とか、みんなC調で好きだった。

スカイライナーズを率いる“踊るコンダクター”、スマイリー小原もよくツイストしてたなー。火曜夜のお楽しみ、『ザ・ヒットパレード』とかでがんがん踊ってた。ちゃんと指揮しろよ、みたいな(笑)。いやー、懐かしい。小学生のころ、腰振りながらよく見てました。

もちろん、ブームの発火点はアメリカだ。事の始まりはフィラデルフィアを拠点に人気を博していたティーンエイジャー向けテレビ音楽番組『アメリカン・バンドスタンド』。この番組で猛プッシュされたこともあって、1960年の夏、チャビー・チェッカーのシングル「ザ・ツイスト」がティーンエイジャーの間で大ヒット。見事全米1位に輝いたのがきっかけだった。

そのほぼ1年後、チェッカーは『エド・サリヴァン・ショー』に出演。このときも「ザ・ツイスト」を披露したのだが、これをきっかけに今度は大人世代まで巻き込んだツイスト・ブームが全米中を覆い尽くした。ツイストならば面倒なステップを覚える必要はない。誰かの身体に触れる必要もない。その場で腰をひねっていればOK。ハイヒール姿でもスーツ姿でもいける。

「ザ・ツイスト」は1961年11月に再び全米チャートにランクイン。なんと、改めて全米ナンバーワンの座に。まったく同じヴァージョンのシングルが2度、全米1位に輝いたのはこれが初の珍事だった。ニューヨークのクラブ《ペパーミント・ラウンジ》はツイストの聖地となり、映画俳優から文化人まで、有名人も多数詰め掛け、毎晩ツイスト・パーティが開かれた。

この時期、《ペパーミント・ラウンジ》でクラブ・バンドを務めていたジョーイ・ディー&ザ・スターライターズの「ペパーミント・ツイスト」(藤木孝の「ツイストNO.1」の元歌。チャビー・チェッカーの「ザ・ツイスト」の邦題も当初「ツイストNO.1」だったのでややこしいけど…)、サム・クックの「ツイストで踊りあかそう(Twistin’ The Night Away)」、アイズリー・ブラザーズの「ツイスト・アンド・シャウト」、マーヴェレッツの「ツイスティン・ポストマン」、キング・カーティスの「ソウル・ツイスト」など無数のツイスト・ヒットが生まれた。カウント・ベイシー・オーケストラの「ザ・ベイシー・ツイスト」だの、フランク・シナトラの「エヴリバディーズ・ツイスティン」なんて珍品まで登場する始末。

ちなみに、ニューヨーク州保険安全委員会の発表によると、1961年のある1週間に背中を痛める症例が54件報告され、うち49件がツイストの踊りすぎによるものだったのだとか。バカだな、アメリカ…。

ツイスト・ブームの起点となったチャビー・チェッカーは、その後もストレートでキャッチーなダンス・ナンバーを量産するようになった。「ザ・ハックルバック」「ポニー・タイム」「ダンス・ザ・メス・アラウンド」「ザ・フライ」「リンボー・ロック」など、どれもツイストに続く新奇なダンス・ステップの名前をタイトルに冠したヒット・シングルだった。ご存じ「レッツ・ツイスト・アゲイン」って続編もあった。

チェッカーの所属レーベル、カメオ/パークウェイ・レコードはこの波を巧みにつかみ、所属アーティストに続々と同様のダンス・ナンバーを歌わせた。オーロンズの「ザ・ワー・ワトゥシ」、ボビー・ライデルの「ザ・フィッシュ」、ディー・ディー・シャープの「マッシュポテト・タイム」「グレイヴィ」「ライド!」「ドゥ・ザ・バード」、ダヴェルズの「ブリストル・ストンプ」「ブリストル・ツイスティン・アニー」「ハリー・ガリー・ベイビー」など。これらのタイトルもすべて新種のダンス・ステップの名前だった。

というわけで、またもや前フリが長くなってしまったけれど、今朝紹介するのはそんなふうに時代の気運に乗っかることにかけてはずば抜けていたカメオ/パークウェイの個性をざっくり振り返ることができる絶好のコンピレーション群。フィジカルは去年の暮れにリリースされたらしいのだけれど、なぜかぼくはなかなか入手できないまま。そうこうするうちに、このほどめでたくストリーミングがスタート。いまだフィジカルは手にできていないけれど、音だけは聞けるようになったので、この機会に紹介しちゃっときましょう。

出たのは全部で3種。ひとつめが『ユー・キャント・シット・ダウン:カメオ/パークウェイ・ダンス・クレイジズ1958〜1964』。まさに前述した時期のダンス・ヒットを満載したコンピレーションだ。チャビー・チェッカー、オーロンズ、ダヴェルズ、ディー・ディー・シャープ、ボビー・ライデル、キャンディ&ザ・キッシズ、アップル・ジャックスなどのシングル・チューンがぎっしり22曲収められている。

ふたつめもコンピレーション。『ユー・ガット・ザ・パワー:カメオ/パークウェイ・ノーザン・ソウル1964〜1967』。前コンピの後の時期に生まれた、のちに“ノーザン・ソウル”と呼ばれることになるタイプのポップなダンスR&Bを集めたものだ。フランキー・ビヴァリー、バニー・シグラー、ジェリー・ジャクソン、イーヴィ・サンズ、エディ・ホールマンなどがずらり。カメオ/パークウェイだけでなく、フェアマウント音源やグッド・タイム音源なども含まれている。一部ダブリもあるけれど、全20曲。

で、みっつめがチャビー・チェッカーのベスト盤『ダンシン・パーティ:ザ・チャビー・チェッカー・コレクション1960〜1966』だ。当該時期にリリースされたヒット・シングル21曲が詰め込まれている。

カメオ/パークウェイ・レコードは、もともと1950年代半ばにフィラデルフィアのソングライター・コンビ、キャル・マンとバーニー・ロウが設立したレコード会社。1960年代を迎えたころ、前述した通り地元の人気番組『アメリカン・バンドスタンド』と密な関係を保ち、巧妙に番組でかけるレコードを操作しながら大当たりをとった。

そういう意味で、ツイスト・ブームに端を発するダンス・ロックンロール/R&Bブームというのはレコード会社と放送局のたくましい商魂に後押しされて生まれた、まさに“作られた”ブームだったわけだけれど。

でも、少なくとも“踊り”というフィジカルでプリミティヴな衝動と密接に結び付いていたぶん、ビートルズ襲来以前の全米ヒットチャートをある種消極的に賑わすようになっていた、ひたすらジェントルでキュートでスウィートなティーンエイジ・アイドル・ポップ群よりは、ほんの少しだけロックンロール的な存在だったのかも…。

なーんてことをなんとなく頭の隅で再確認しつつ、でも、まあ楽しいからいいんじゃない? と。そんなふうに満喫したい3枚です。C調に、ね。

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