Disc Review

On the Trail with the Lonesome Pines / Hilary Gardner (Anzic Records)

オン・ザ・トレイル・ウィズ・ザ・ロンサム・パインズ/ヒラリー・ガードナー

大好きなキャット・エドモンソンのアルバム『ドリーマーズ・ドゥ』とかにもゲスト参加してノルスルジックでドリーミーなハーモニーを聞かせてくれていた女性3人組ヴォーカル・グループ、ダッチェスのメンバーとしてもおなじみ。アラスカ生まれで、現在はブルックリンを本拠に活動するシンガー、ヒラリー・ガードナーの新作アルバムです。

子供のころに聞いたエラ・フィッツジェラルドに触発されて自らもシンガーを志したという人なので、まあ、もちろんジャズ系のヴォーカリストなわけですが。クラシックの勉強もしていたみたいだし。2010年にはフランク・シナトラの楽曲を散りばめたミュージカル『カム・フライ・ウィズ・ミー』にも出演しているし…。他にもカントリーのパッツィ・クライン、ソウルのアレサ・フランクリン、さらにはジョニ・ミッチェルやトム・ウェイツなど超ジャンル系の先達にも大いに影響されているとかで。感覚の柔軟さはピカイチ。

ソロとしてのファーストは2014年、ニューヨークという街へのトリビュート的選曲でリリースしたアルバム『ザ・グレイト・シティ』。その後、2018年にはピアニスト、エイフッド・アシュリーと二人でアフター・アワーズのグレイト・アメリカン・ソングブック集とも言うべき『ザ・レイト・セット』も出して。

で、今回、これがたぶんソロ3作目。なんとウェスタン・スウィング集ですよ。びっくり。最高。なんでもヒラリーさん、地元のカントリー・バーでパッツィ・クラインやハンク・ウィリアムスのレパートリーを歌ったのがプロとしての初仕事だったそうで。素養もばっちりみたい。

世の中がパンデミックに突入してステージ仕事が一気に減ったころ、ブルックリンのアパートに閉じこもっているしかなかったヒラリーさんは、もっと自由に外の世界を走り回りたいという欲求に後押しされながら、いわゆる“トレイル・ソング”、つまり愛馬に鞍を付けて広大な西部を旅する様子を歌ったカウボーイ・ソングの歴史を調べ始めたのだとか。

“シンギング・カウボーイ”として知られるジーン・オートリーやロイ・ロジャース、テックス・リッター、マーティ・ロビンス、ボブ・ベイカーらによるカントリー系の曲だけでなく、この分野にはジョニー・マーサーが作ったビング・クロスビーの持ち歌「おいらはカウボーイ(I'm an Old Cowhand (From the Rio Grande))」(ソニー・ロリンズでおなじみかも)とか、ベニー・カーターが作者のひとりに名を連ねる「カウ・カウ・ブギー」(最近では細野晴臣さんもカヴァーしている)とか、フランク・シナトラがトミー・ドーシー楽団の専属シンガーだったころのレパートリー「ザ・コール・オヴ・ザ・キャニオン」とか、そういった素性の曲もたくさんあることを発見。もともとジャズとカントリー両方を聞きながら育ったというヒラリーさんにとって、この音楽はジャスト・フィット! まるでパラダイスな音楽じゃん! ということで、この新作アルバムが生まれたらしい。

で、2021年、ノア・ガラベディアン(ベース)、ジャスティン・ポインデクスター(ギター、ヴォーカル)、アーロン・サーストン(ドラム)という仲間を集めてギター・トリオ“ザ・ロンサム・パインズ”を結成。グリニッジ・ヴィレッジのバー《55》を皮切りにあちこちの会場で“もうひとつのグレイト・アメリカン・ソングブック”とも言うべきウェスタン・スウィング系の名曲を歌いまくり、ソールドアウト公演を続け…。でもって今回、それらのパフォーマンスをスタジオ・レコーディングした新作『オン・ザ・トレイル・ウィズ・ザ・ロンサム・パインズ』が完成した、と。そういう流れみたいです。素晴らしい!

ぼくの場合、世代的にダン・ヒックスとかアスリープ・アット・ザ・ホイールとかコマンダー・コディとかレオン・レッドボーンとか、ヒップな感覚でルーツを見据えるタイプのくせ者アーティストたちを介して知ることになったウェスタン・スウィングの深い沼。ジャズとカントリーが楽しく、スリリングに交錯するごきげんな音楽スタイルの最新型がこういう形で登場してくれて、うれしいうれしい。

キーになっているのがジャスティン・ポインデクスターってギタリストで。サーシャ・ペイパーニックってキーボード/ヴォーカルと“アワー・バンド”なるデュオ・ユニットを組んでいる人。アワー・バンドのほうでもごきげんにポップでちょっとノスタルジックでどこかエキゾチックな音楽をやっている。そっちではアコギを弾いていることも多いけれど、こちらはエレクトリックで基本ジャジーにアプローチ。でも、けっこういい感じにペダル・スティールっぽいムードも醸し出していて。なかなかの手練れ。曲によって相方のサーシャさんもアコーディオンで加わっている。

何より素敵なのは、ヒラリーさんもバンドも、この種の音楽の伝統的な美学を尊重。現代的な味付けでマーキングしようとか、そういう余計なことはいっさいしていなくて。その丁寧で愛情に満ちた姿勢がうれしい。みんな昔の曲だけど、どれも今の時代に普通に聞いてもいい曲でしょ…的な、まっすぐで謙虚なプレゼンテーションぶりが胸に沁みます。今のところバンドキャンプでしかフィジカル売ってないみたい。しかもまだCDのみ。LPがほしいなぁ…。

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