フォー/ビル・フリゼール
アメリカーナというと、ついついカントリー的なサウンドとかフォーク的なそれとかを思い描きがちなのだけれど。アメリカーナというコンセプトというか、精神性というのは、音楽スタイルによるものではないのだな、と。いつもこの人の音楽に接しながら思い知る。
ビル・フリゼール。オーネット・コールマンもまたアメリカーナ、というのと同じ文脈で、フリゼールもまた真っ向からアメリカーナ。この人のギターが紡ぎ出す音世界というのは、どうにも抗いようのないノスタルジアをはらんでいて。いつも切なく胸にしみてくる。
ちなみに、ノスタルジアという言葉はけっして単なる感傷癖のことではなく、もっと複雑に二重の意味が絡み合っているのだと教えてくれたのはヴァン・ダイク・パークスだった。ヴァン・ダイクによれば、このノスタルジアという言葉にはふたつのギリシャ語が含まれていて。“nostos”と“algos”、つまり“帰郷”と“苦悩”というふたつ。これらがノスタルジアというものを形成しているのだ、と。
そして、まさにこの両要素がフリゼールの音楽にも感知できるなと思う。2020年のトリオ作『ヴァレンタイン』以来、約2年振りとなる新作アルバム『フォー』にもそうした、ふたつの感触が分かちがたく渦巻いている。
ブルーノート移籍後、3作目。今回は長年のコラボレーターであるグレッグ・タルディ(クラリネット、テナー・サックス、バス・クラリネット)をはじめ、ジェラルド・クレイトン(ピアノ)、ジョナサン・ブレイク(ドラム)という顔ぶれと組んだベースレスの変則カルテットによるレコーディングだ。全曲フリゼールの自作曲ながら、全13曲中9曲が新曲、「ザ・パイオニアーズ」「モンロー」「グッド・ドッグ、ハッピー・マン」「ルックアウト・フォー・ホープ」の4曲が過去作からの再演になっている。
この編成で何かレコーディングしたいというアイディアはパンデミック以前からフリゼールの頭の中にあったそうだが、実現しないうちにパンデミックが到来。その間、よりコンセプトを深く煮詰め、楽曲を作り、準備を進めて、いよいよ計画を実行に移したとのこと。といっても、実際のセッションにあたっては特に細かな決め事をすることなく、かなり自由な枠組みの中で録音が進められたらしい。フリゼール自身の発言によると——
「みんな僕が持ってきた曲やアイディアは知っていたけれど、誰がいつ何を演奏するかということに関しては、すごくオープンだったんだ。ベースがいないのはちょっと怖かったけど、編成のことはあまり考えなかった。いつも化学反応の方が大事なんだ。このアルバムは、僕ら4人が集まってプレイした最初の瞬間を捉えているから、ライヴで演奏するとまた違うものが生まれるだろうね」
と語っている。
フリゼールはパンデミックの間に何人か大切な友人との永遠の別れを体験したそうで。アルバム全体は、やはりフリゼールの親しい友人のひとり、今年の3月に真性多血症により58歳という若さで他界したコルネット奏者のロン・マイルズに捧げられている。その他、亡くなった幼なじみのアラン・ウッダードに捧げた「ディア・オールド・フレンド」、やはり亡くなった友人の画家の名を冠した「クロード・アトリー」など、故人を偲ぶ楽曲も収録。さらに、2020年に亡くなった名プロデューサーに捧げた「ワルツ・フォー・ハル・ウィルナー」という曲もある。こうしたことが前述したような“ノスタルジア”を巡るふたつの思い、痛みと郷愁を感じさせてくれる大きな要因なのかもしれない。
いろいろなタイプの曲が含まれていて。アメリカーナ的なものだけでなく、ぐっとフリー・ジャズ寄りのアプローチのものとか、ブルージーなものとかもあるのだけれど。個人的にいちばんぐっと来たのが、冒頭を飾る友に捧げた「ディア・オールド・フレンド」だ。まるで天使が奏でるかのような繊細で美しいメロディを、クラリネットで、そっと、優しく綴るタルディ。それと呼応して、そっと包み込むように温かいコードとカウンター・メロディを重ねていくフリゼールとクレイトン。ほんの一瞬ではあるけれど、その隙間をさりげなく縫うブレイク。全員の豊かな歌心が浮遊感たっぷりに絡み合う。泣けてくる。
「ザ・パイオニアーズ」の再演版もしみた。フリゼールのギターが中心となってリード・メロディを綴っていた1999年ヴァージョンからも、もちろんなんともいえない郷愁が匂い立っていたものだけれど、タルディのテナー・サックスを交えたこちらのヴァージョンでは、その郷愁がよりじっくり醸成されて届けられた感じ。
フリゼール名義のアルバムながら、タルディ、あるいはクレイトンのソロ作であるかのような局面も多々あり。「オールウェイズ」という曲に至ってはクレイトンのソロ・トラックだ。フリゼールのソロ・アルバムというよりもこの腕きき揃いのカルテットによる新旧フリゼール作品集といった感じなのかも。
もちろん、ギタリストとしてのフリゼールのファンにも随所に興味深いお楽しみが。「グッド・ドッグ、ハッピー・マン」で披露するアコースティック・ギターのスリー・フィンガーっぽいバッキングもそこはかとなくナイスだし、「インヴィジブル」ではバリトン・ギターを使って、タルディのテナー・サックスに応え全然バリトン・ギターっぽくないバッキングを聞かせていたりするし。
でも、その「インヴィジブル」に関しては、最大の聞きものはその後ろで繰り出されるブレイクのドラム。これがまた深くて、素晴らしくて。やっぱり4人タッグを組んだからこその名演集っすね。