
ジョニ・ミッチェル、『アーカイヴス Vol. 4』でグラミー受賞
第68回グラミー賞の“最優秀ヒストリカル・アルバム賞”をジョニ・ミッチェルの『アーカイヴス Vol. 4:アサイラム・イヤーズ(1976−1980)』が受賞して。
WOWOWがやってた授賞式では放送されなかったものの、事前の受賞の様子がYouTubeとかで配信されていて。ご本人がスピーチしてました。ものすごくざっくり訳しておくと——
この賞は、きっと主に『コート・アンド・スパーク』のためのものだと思います。あのころ私は生き残るために音楽性を転換しなければなりませんでした。フォーク・ミュージックはブリティッシュ・インヴェイジョンのせいですたれてしまっていたから。でも、最初のプロデューサーだったデヴィッド・クロスビーは誰かが私に変なバンドを押しつけて音楽性を台無しにしてしまうのではないかと心配していたので、私は最初のレコードを歌声とギターだけで作ったんです。
すると、レコード会社がザ・セクションというバンドを私と組ませようとしました。ただ、彼らはジェイムス・テイラーやリンダ・ロンシュタットにとってはいいバンドでしたが、私の音楽を演奏することはできませんでした。
そこでドラマー(ラス・カンケル)が言ったんです。「ジョニ、君はジャズ・ミュージシャンと一緒に演奏しなきゃダメだよ」と。そこで私はバンドを探すためにジャズ・クラブに通って、L.A.エクスプレスというお気に入りバンドを見つけ、『コート・アンド・スパーク』を作りました。
あと、『フォー・ザ・ローゼズ』のときは、音楽業界に腹が立っていたので、アルバム・ジャケット用に馬のお尻の絵を描いたんです。デヴィッド・ゲフィンはそれをジャケットにすることを許してくれませんでしたが、サンセット・ブルヴァードにその絵の看板を出すことは許してくれました。だから、しばらくの間、サンセット・ブルヴァードには大きな馬のお尻が掲げられていたんです。
まあ、とにかく、それらのアルバムでグラミーをいただけて光栄です。ありがとう。
今回、最優秀楽曲賞のプレゼンターには、1972年にこの賞を女性ソングライターとして初めて受賞したキャロル・キングが登場して、愛すべき後輩、ビリー・アイリッシュにトロフィーを渡すというなかなかに感慨深い瞬間もあったし。ブルース・スプリングスティーンが去年亡くなったブライアン・ウィルソンをたたえるスピーチもしていたし。シェールがライフタイム・アチーヴメント賞をもらってたし。1960年代、1970年代からの脈絡みたいなものもきっちり可視化されている感じがうれしかったです。みんな“ICE OUT”のバッヂ付けてたし。
というわけで、本ブログで紹介してきた作品は、まあ、もちろん主要6部門とかにはほぼ関係ないものが多いわけですが。それでも各賞にまで細かく目を向けるといくつかは受賞していて。それらを軽くリストアップしておきますね。






