Disc Review

That’s What Happened 1982–1985: The Bootleg Series, Vol. 7 / Miles Davis (Columbia/Legacy)

ザッツ・ホワット・ハプンド〜ブートレグ・シリーズVol.7/マイルス・デイヴィス

偉大なギタリスト、レス・ポールの自伝的ドキュメンタリー映画『レス・ポールの伝説〜チェイシング・サウンド』(2007年)の中に、レスさんがマイルス・デイヴィスについて語るくだりがあって。

すでに大物ミュージシャンとして評価されてはいたものの、レス・ポールほどの商業的大成功を収められずにいたマイルスがこう訊ねたのだとか。「あんたにはわかるよな。俺はヒット・レコードを出せるなら何だってする。秘訣は何なんだ?」

それに対してレスさんは、「簡単さ。メロディを吹けばいい。私も取り上げて大ヒットした有名な『モッキンバード・ヒル』とかを演奏しろ」と答えた。「そんな曲、演奏したくもないぜ」とマイルスが反論すると、レスさんはこう続けた。「だからお前は腹が減ってるんだ、マイルス。演奏したいんだったら、お前は人々のために演奏すべきなんだ」

なかなかしびれるエピソードですが。

これ見たとき、ぼくが真っ先に思い出したのがマイルス・デイヴィス、1985年のアルバム『ユーアー・アンダー・アレスト』のことだった。あのアルバムでマイルスはシンディ・ローパーの「タイム・アフター・タイム」やマイケル・ジャクソンの「ヒューマン・ネイチャー」みたいなおなじみのポップ・ヒットを取り上げ、まるでジャズのスタンダード・チューンを演奏するときのようにていねいにプレイして。見事、独自のジャズへと昇華させていた。これってもしかしてレス・ポールの言いつけを守ったカヴァーだったのかも…みたいな。まあ、たぶん違うとは思うけど(笑)。でも、ぼくにはそんなふうに思えてしまったのでした。

いずれにせよ、いろいろと賛否分かれる1980年代半ばのマイルス・デイヴィス。新たなブートレッグ・シリーズが出ました。今回がVol.7。1982〜85年のレア音源を集大成したCD3枚組だ。

オリジナル・アルバムで言うと、長年のプロデューサー、テオ・マセロが関わった最後の作品となった『スター・ピープル』(1983年)、自身のプロデュースの下でよりソリッドでコンパクトなジャズ・ファンクの形を目指した『デコイ』(1984年)、前述したようなヒット曲のカヴァーを取り上げたりスティングをゲストに迎えたりポップなアプローチを展開した『ユーアー・アンダー・アレスト』(1985年)。このあたりの時期のセッションからの未発表スタジオ音源をディスク1と2に、1983年7月7日にカナダのモントリオールのサン・ドニ・シアターで行なわれたライヴをディスク3にそれぞれ収めている。

ディスク1の大半を占める『スター・ピープル』セッションの音源もすごい。ノッケ、13分超の未発表曲「サンタナ」のクールなファンク・グルーヴも強烈だけど、ぐっときたのはマイルスがキーボードを弾いて旧友J.J.ジョンソンと共演したブルージーな未発表音源たち。ついに公式初お目見えだ。さらに『デコイ』セッションで収録されたという「フリーキー・ディーキーPart1」と「同Part2」もマイルスならではのブルース・フィーリングを堪能できる。ごきげん。参加していたジョン・スコフィールドが保管していたカセットから起こされた貴重なものだとか。

ディスク2の『ユーアー・アンダー・アレスト』セッションには「タイム・アフター・タイム」や「ヒューマン・ネイチャー」の別テイクなども入っているけれど、さらにティナ・ターナーのヒット曲としておなじみ「愛の魔力(What's Love Got to Do with It)」の未発表カヴァー音源も聞くことができて。レス・ポールさんの教えをさらに忠実に実行している(のかもしれない)マイルスの姿が楽しめる。

ディスク3のライヴは『スター・ピープル』期のもの。ジョン・スコフィールド(ギター)、ビル・エヴァンス(サックス、フルート)、ダリル・ジョーンズ(ベース)、アル・フォスター(ドラム)、ミノ・シネル(パーカッション)から成る強力なバンドのグルーヴと、そのリズムの隙間を縫ってスリリングなフレーズを繰り出すマイルスの凄みに改めて圧倒される。『デコイ』に収録ずみの2曲、「ザッツ・ホワット・ハプンド」と「ホワット・イット・イズ」もここにはエディットなしのフル・ヴァージョン。

何かと評価が揺れがちな1980年代中盤のマイルスの全貌をつかむためにも意義深い音源集という感じだ。ヴィンス・ウィルバーン・ジュニア、ジョン・スコフィールド、ダリル・ジョーンズ、マーカス・ミラー、マイク・スターンら1980年代のマイルスを支えたプレーヤーたちの新たなインタビューも含むブックレットが興味深いです。まだ読み切れてません(笑)。そういう意味ではブックレットの全訳が付いている日本盤(Amazon / Tower)のほうがいいかも。Blu-spec仕様だし。ジャケットが普通のプラケースなのが残念だけど…。

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