Disc Review

I’m Gonna Sing: The Mother’s Best Gospel Radio Recordings / Hank Williams (The Estate of Hank Williams/BMG Rights Management)

アイム・ゴナ・シング:ザ・マザー・ベスト・ゴスペル・ラジオ・レコーディングズ/ハンク・ウィリアムス

なんだかもう、絶望的なニュースしか目に入ってこない今日このごろ。理性とか論理とか、そういうものがまったく機能しない、みたいな。聞く耳持たない乱暴者の前では無力なのか、みたいな。

一日も早く、心穏やかに過ごせる世界がやってきてほしいなと願うばかりですが。そんな晴れない気分を少しだけ和らげてくれるコンピレーションが出ました。米カントリー音楽の偉大なオリジネイターのひとり、ハンク・ウィリアムスが残したカントリー・ゴスペル集。

1950年末から51年にかけて、ナッシュヴィルのAM局WSMで、ハンクが主役をつとめる『ザ・マザーズ・ベスト・フラワー・ラジオ・ショー』という番組が放送されていて。本ブログではずいぶん以前から、それ関連のリリースがあるたびに、たとえばこことかこことかここで取り上げてきたのだけれど。

今回出た『アイム・ゴナ・シング:ザ・マザー・ベスト・ゴスペル・ラジオ・レコーディングス』は、その番組の貴重な放送音源の中からゴスペル〜宗教歌系のパフォーマンスだけを抜き出して構成された全40トラック入りアンソロジーだ。この番組に関しては、以前のエントリーで説明していて。状況説明がダブるのもナンなので、2020年に取り上げたとき同様、2008年の本ブログでの文章を引用しておきます。ややこしいね(笑)。

1950年末から51年にかけて、グランド・オール・オープリーを中継していたことでもおなじみのナッシュヴィルのAM局WSMで『ザ・マザーズ・ベスト・フラワー・ラジオ・ショー』ってのが放送されていて。出演していたのはハンク・ウィリアムス。歌声を披露するのはもちろん、近況を語ったり、スポンサーだったマザーズ・ベスト印の小麦粉の生コマーシャルをやったり。放送時間は月~金の朝の7時15分から30分まで。51年のナッシュヴィルの住民は、毎朝ハンク・シニアの歌声を聞きながら家族で朝ごはん食べてたんだろうなぁ。

とはいえ、当時キャリアのピークにあったハンクが毎回、しかも朝、ラジオ局にいるわけもなく。コンサート・ツアーに出ているときなどは、当然事前に番組用に録音した音源が流されていた。16インチのアセテート盤に残されたそれらの録音はいったんラジオ局で破棄処分にされたりしていたようだが。心ある従業員のおかげでなんとか番組72回分がゴミ箱から救出されて生き延びた、と。

この貴重な放送音源、何度かオフィシャル・リリースが計画されたりしていたのだけれど、遺族との折り合いが今いちつかず、お蔵入り。海賊盤のような形で出回って、熱心なマニアのコレクティング・アイテムとなっていた。というのも、とにかく披露されている曲がすごいのだ。自分の持ち歌はもちろん、他シンガーのヒット曲のカヴァーとか、ハンクがオフィシャルなスタジオ録音を残さなかった楽曲がたんまり。

と、そんな伝説の放送音源が、ついに遺族もOKする形でオフィシャル・リリースされた。

超おなじみの「アイ・ソー・ザ・ライト」とか、ケニー・ランキンのカヴァーでも知られる「ア・ハウス・オヴ・ゴールド」とか、もともとハンクはたくさんの自作宗教歌を残している。“ルーク・ザ・ドリフター”名義で語りを交えた宗教歌もこれまたたくさんレコーディングしている。そうした曲を、ハンクは番組の締めくくりによく披露していて。そのあたりの放送音源を一気にまとめたのが本作ということになる。

「アイ・ソー・ザ・ライト」のような自作曲ももちろん入っているけれど、他にも20世紀以前の讃美歌とか、聖歌とか、黒人霊歌とか、フレッド・ローズを初めとする当時のソングライターたちのペンになる新作ゴスペルとかがずらり。まあ、2020年の6枚組と同じ2019年リマスター音源なので。その6枚組を持っていれば必要ないっちゃ必要ないコンピではありますが。こうやってまとめてもらえると、やっぱりうれしい。

ちなみに、ぼくもその6枚組持っているし、リマスターが古いとはいえその前のラジオ型16枚組も持っているし、さらにその前の3枚組も…。なので昨夜というか今朝というか、深夜0時にサブスクのストリーミングで配信がスタートしてから、もう買わなくてもいいかなと思ってとりあえずApple Musicで楽しんでいるわけだけれど。情報によると、今回もブックレットが充実しているらしく。ルーツ音楽研究に関して定評のあるコリン・エスコットが収録された各曲について詳細な解説を書いているのだとか。こりゃ、またフィジカル手に入れないと、かなぁ…。アナログLP3枚組(Amazon / Tower)ってのも出ているようなので、そっちかな。

日本ではいまだに、アメリカ音楽ファンを自称する人の中にですら、カントリーというだけでなんだか腰が引けちゃう人が少なくないみたいで。ちょっと寂しい気分になることも多いのだけれど。とりあえず、ハンク・ウィリアムスがどうかっこいいか、2010年に書いた文章の中から一部引用しておきます。

ハンクはほんと、かっこいいから。よく、黒人のブルースと白人のカントリーが融合してロックンロールが誕生した…とか、大ざっぱに説明されていて。ぼくもずいぶんと長い間、その程度の乱暴な説明で十分に納得してきたものだけれど、そうした大ざっぱな表現に感じられる“それまで互いに相容れなかった両極の音楽要素が一気に合体してロックンロールという新奇な音楽形態が生まれた”といったイメージは、どうやら事実とはだいぶ違うようだ、と。そんな事実をハンク・ウィリアムスの歌声は教えてくれる。50年代半ばにロックンロール人気が爆発する以前から、ハンクはすでにロックンロール的なグルーヴを存分に体現してみせていた。49年の「マイ・バケッツ・ガット・ア・ホール・イン・イット」や50年の「モーニン・ザ・ブルース」あたりは、ブルース・シンガーとしてのハンクの資質を今なお雄弁に伝えてくれるし、47年の初ヒット曲「ムーヴ・イット・オン・オーヴァー」で聞かれるジーク・ターナーのギター・ソロは確実にのちのロカビリーの出現を予感させる。49年の代表曲「ラヴシック・ブルース」や50年の「ロング・ゴーン・ロンサム・ブルース」で披露される悲しげなヨーデルがのちのエルヴィス・プレスリーやバディ・ホリーらの歌唱に大きな影響を与えたことは疑いようがない。

カントリーは保守的な音楽、と単純に決めつけている人たちにも、ハンクの持っているやばい感触みたいなものを再認識してもらいたいです。このやばい感触と敬虔なゴスペル感覚とが分かちがたく共存しているところも、ジョニー・キャッシュやエルヴィス・プレスリー、ボブ・ディラン同様、アメリカ音楽の深さを思い知らせてくれる部分だったりして…。

ゴスペルものでハンク・ウィリアムス入門、というのも悪くないかも。

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