Disc Review

Why Do I Love You? Her Complete Bethlehem Sessions / Helen Carr (Fresh Sound Records)

ホワイ・ドゥ・アイ・ラヴ・ユー?〜ハー・コンプリート・ベツレヘム・セッションズ/ヘレン・カー

1970年代前半、高校生だったころまで、ぼくは女性ジャズ・シンガーというと、正直、エラ、サラ、カーメンくらいしかまともに聞いたことがなかった。エラ・フィッツジェラルド、サラ・ヴォーン、カーメン・マクレー。あとは、まあ、ビリー・ホリデイとか? でも、ビリー・ホリデイは1970年代の高校生にはまだちょっと重すぎたし。

他にはせいぜいドリス・デイとか、ペギー・リーとか、ジュリー・ロンドンとか、ダイナ・ワシントンとか、そういうポップ・ヒットも多く持つおねーさまたちの歌声がラジオから流れてきたときに楽しく味わう程度で。

でも、その後、大学生になって、ジャズ雑誌とかも読むようになって、ジャズ喫茶とかにも通うようになって、バイトもするようになって、レコードをそれまで以上に買えるようになって…。少しずつ少しずつ、あまり多く語られることはないけれど本当に素敵なシンガーが世の中にはたくさんいることを知るようになって。ブロッサム・ディアリーとか、アン・バートンとか、ビヴァリー・ケニーとか、ベティ・ブレイクとか…。

そんな感じで出会ったひとりがヘレン・カーだった。

ぼくが初めてこの人の盤を手に入れたのはけっこう遅くて。もう大学も卒業して、働いていたころ。いや、つとめていた会社すらやめちゃって(笑)、すでにフリーになってフラフラしていた1980年代アタマか? 今は亡きトリオ・レコードが独立系ジャズ・レーベルの先駆けでもあるベツレヘム・レコードの日本配給を担っていた時期に企画された“ベツレヘム・ヴォーカル・コレクション”なるシリーズの一環として再発されたアルバム『ホワイ・ドゥ・アイ・ラヴ・ユー』を買ったときのことだ。

キャピー・ルイス(トランペット)、ハワード・ロバーツ(ギター)、レッド・ミッチェル(ベース)というドラムレスの変則トリオをバックに1955年に録音された1枚。けっして我を強く押し出さない、けれども柔軟なジャズ・フィーリングとクールな個性はきっちり感じさせてくれる粋な歌声が印象的で。一発でハマったものです。

1922年、ソルトレイクシティ生まれ。1940年代後半からバディ・モロウ楽団やチャーリー・バーネット楽団など、いくつかのビッグ・バンドの専属シンガーをつとめ、やがて1955年、ソロ・シンガーとしてベツレヘム・レコードと契約。2作のアルバムを残したものの、その後、1960年になんと38歳という若さで自動車事故で他界してしまった悲劇の歌姫だ。

なもんで、残した録音はものすごく少ない。活動初期、1940年代にチャールズ・ミンガスと共演した音源とか、チャーリー・バーネット楽団時代のものとか、1952年にスタン・ケントン楽団のシンガーとしてラジオ出演したときの2曲とか、1958年にキング・カーティスのバンドとともにアトランティックに録音したという未発表音源2曲とか…。そのくらいで。あとはベツレヘムに吹き込んだ一連の音源のみ。

そんなベツレヘム音源を一気にまとめたコンピレーションが編まれた。それが今朝紹介する『ホワイ・ドゥ・アイ・ラヴ・ユー?〜ハー・コンプリート・ベツレヘム・セッション』。1990年代にもベツレヘム時代のアルバム2作をCD1枚にまとめた“コンプリート”コレクションが出たことがあったけれど、今回はベーシストのマックス・ベネットがベツレヘムからリリースしたリーダー・アルバム『マックス・ベネット・プレイズ』のセッションにゲスト・ヴォーカリストとして参加したときの音源も追加した仕様。

全部で26曲収められているのだけれど。1曲目から8曲目までが、1955年1月5日、夫であるドン・トレナー(ピアノ)をはじめ、ドン・ファガーキスト(トランペット)、チャーリー・マリアーノ(アルト・サックス)、マックス・ベネット(ベース)、スタン・レヴィ(ドラム)というラインアップをバックに録音された傑作10インチ・アルバム『ダウン・イン・ザ・デプス・オン・ザ・ナインティース・フロア』全曲。

続く9曲目、10曲目が、先述したマックス・ベネットのリーダー・アルバムのために同年1月27日に録音した音源。11曲目から22曲目までが、ぼくが初めてヘレン・カーの歌声に接したもう1枚のベツレヘム・アルバム『ホワイ・ドゥ・アイ…』の全曲。

で、そのあと4曲がボーナス・トラックだ。23曲目と24曲目がルロイ・ホームズ指揮のオーケストラ&コーラスとともに1957年10月に録音されたキャッチーなポピュラー・ヴォーカルもの。25曲目がぐっとさかのぼって1949年3月に、先述、チャールズ・ミンガスのバンドと録音したときのもの。そして26曲目が、1952年6月、これまた先述したスタン・ケントン楽団とともにラジオ番組に出演した際の2曲のうちの1曲。

全曲が宝物です。

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