イントロスペクション/ブライアン・オーガー
“オブリヴィオン=忘却”という英単語を覚えたのはこの人のおかげです。
ブライアン・オーガー。イギリスのソウル・ジャズ系キーボード奏者。ぼくがこの人の音を初めて意識的に聞いたのは1973年だったか74年だったか。ブライアン・オーガーズ・オブリヴィオン・エクスプレス名義でリリースされた「ハピネス・イズ・ジャスト・アラウンド・ザ・ベンド」がそこそこヒットして。エレピとパーカッションのファンキーな絡み具合とかにぼくもしびれて。ロックともソウルともジャズともラテンとも言えない、初期スティーリー・ダンのような、なんとも柔軟なサウンドが気になり始めた。
まあ、まだ高校生だったか、大学生になりたてだったか。行動力はあったものの、経済力がまったく伴っていない時期。なので仕方なく、バイトしながら少しずつ少しずつではあったけれど、ブライアン・オーガーの過去の作品群の掘り起こし期に突入。で、いろいろ聞いてみると、アルバムによってはサンタナみたいだったり、CSNYやグレイトフル・デッドのようだったり、トラフィックのようだったり、カーティス・メイフィールドのようだったり…。その揺らぎぶり、迷いっぷりの幅というか、激しい模索ぶりというか、そういう貪欲な姿勢にけっこう驚かされたものだ。
ジュリー・ドリスコールのソウルフルなヴォーカルをフィーチャーしたトリニティ時代のものには、プログレ寄りのジャズ・ロックみたいな曲も多くて。かと思うと、ニーナ・シモンやってたり、ドアーズやってたり、マイルス・デイヴィスやってたり、ビートルズやってたり、ウェス・モンゴメリーやってたり、モーズ・アリソンやってたり、スライ&ザ・ファミリー・ストーンやってたり、ハービー・ハンコックやってたり…。
そういうある種アナーキーなつかみ所のなさというか、雑多な音楽性をわかりやすく敷衍して聞かせてくれるポップかつヒップな感触というか、そういうところがイギリスの音楽家ならではの自由さなのかな、と感じながら、以降、ぼくの中ではジョージィ・フェイムあたりと同じ位置取りのもと、つかず離れず。近年のピアノ・トリオものなども含め、新作が出るたびとりあえず聞く、みたいな感じで現在まで。いちばん好き! というわけではないものの、ずっと気になる存在であり続けてきた。
そんなブライアン・オーガーの軌跡をいい感じにざっくりたどり直したベスト盤が出たので、ご紹介しておきましょう。
50年以上に及ぶキャリアから抽出した35曲を3枚のCDに詰め込んだ本作『イントロスペクション』。1970年代の“ブライアン・オーガーズ・オブリヴィオン・エクスプレス”名義のものはもちろん、1980年代のソロ名義ものとか、21世紀に入ってからの新生オブリヴィオン・エクスプレスの音源とか、娘さんのアリ・オーガー名義のアルバムからの音源とか。初期、1960年代のレパートリーに関しては近年の再演ヴァージョン中心なのが残念といえば残念なのだけれど、でも、その再演ヴァージョンが未発表パフォーマンスだったりするので、油断がならない。そういう意味では、一見入門編によさげなアンソロジーとも思えるけれど、実は古株リスナーこそが持っていたい3枚組かも。ちなみに未発表ものは18トラック。
基本的にはそうした再演ものも含めて新しいほうから古いほうにさかのぼりながら音源が並んでいる感じではあるのだけれど、厳密に年代順というわけではない。ライヴ・ヴァージョンなども含め、いろいろな時代のパフォーマンスが混在する曲順。2000年代が続いていたかと思うと突如1970年代に飛んだり、で、また戻ったり。その辺、賛否ありそう。ただ、むしろ、そのおかげでこの人がやろうとしてきたことには時代を超えた一本の筋がきっちり通っているのだという事実を改めて確認することができたりして。これはこれで楽しい。
やっぱこの人のエレクトリック・ピアノとハモンド・オルガンはかっこいいです。プレイそのものもいいけれど、音色がいい。ヒップホップ系のアーティストがこぞってこの人をサンプリングするのは、きっとフレージングがかっこいいとか、そういうことだけでなく、その音色の説得力というか、そういう魅力ゆえなのだろうなと思う。