Disc Review

Fearless (Taylor's Version) / Taylor Swift (Republic Records)

フィアレス(テイラーズ・ヴァージョン)/テイラー・スウィフト

去年、フランク・シナトラの『ナイス・ン・イージー』の最新リミックス・エディションを紹介した際、以下のような文章を書いた。引用しときます。

演歌/歌謡曲系のシンガーの方がよくやることなのだけれど。レコード会社を移籍するたびに、前のレーベルに残したヒット曲を新たに歌い直して、“特撰ベスト”みたいなタイトルのもとでアルバム・リリースする、みたいな。

まあ、なるべく新しいヴァージョンでそのシンガーの歌声を楽しみたいというファンもいるだろうし。そういう方にはいいのかもしれない。いわゆるリメイク・ヴァージョン。でも、ぼくはちょっと苦手で。その楽曲が生み落とされた瞬間の熱とか、ヤマっ気とか、スピード感とか、迷いとか、不安とか…。この先この曲がいったいどういう運命をたどるのか、まだ誰にもわからない段階で、そういったすべてが渾然と渦巻くオリジナル・ヴァージョンにかなうものなし。ぼくの場合は、そこんとこについこだわってしまう。

だから、カヴァーにせよリメイクにせよ、再演に名演なし、と。個人的にはそう信じている。基本的には、ね。オリジナル・ヴァージョンを超えるリメイク、歌い直しヴァージョン。そういうものにはめったにお目にかかれるものじゃない。

これがぼくの基本的立場。でも、中にはごく稀に例外もあって。そのひとつが引用元のエントリーで取り上げていたシナトラの『ナイス・ン・イージー』。で、それと同様、さらなる例外となりそうなアルバムが出ました、と。今朝はそういう流れです。

そう。歌い直し盤なのに、オリジナル盤をいろいろな意味で凌駕してみせた珍しいアルバム、我らがテイラー・スウィフトの『フィアレス(テイラーズ・ヴァージョン)』が出ましたよー!

ご存じの通り、『フィアレス』は2008年、テイラーが本格ブレイクを果たす上で大きな役割を担ったセカンド・アルバムだ。今回出たのはその再録盤ということになるわけだけど。これまたご存じの通り、テイラーは2006年のデビュー・アルバム『テイラー・スウィフト』から2017年の6作目『レピュテーション』までをすべて再レコーディングする計画を発表していて。『フィアレス(テイラーズ・ヴァージョン)』はその再録第一弾。

なんでテイラーがこんなことしているのかも、今さら説明するまでもないか。とにかく彼女と、業界の大立者スクーター・ブラウンとのとてつもなく複雑な揉め事のせいだ。スクーター・ブラウンは強大な権力と財力を武器にテイラーの過去カタログの権利を保有するかつての所属レコード会社を買収。そのうえで、その時期のレパートリーを歌わせないとか、当時のパフォーマンス映像の使用を許可しないとか、彼女に対するパワハラまがいの嫌がらせを次々繰り出していて。この再レコーディング・プロジェクトは、それに対するテイラー側の対抗措置ということになる。

事情はいろいろ複雑みたいなのだけれど、少なくともテイラーはかつて自分が生み出した大切な楽曲たちが、自分の意志とは関係なく、知らないうちに誰かの手に渡ってしまったと感じていて。それらをもう一度自分のもとに取り戻そうとしている、と。その最初の試みがこの『フィアレス(テイラーズ・ヴァージョン)』なわけだ。去年の秋、法的に再録音が可能になった段階で、すかさず作業に突入したらしい。すごい。本気だ。がんばれ、テイラー。

2008年版のオリジナル収録曲13曲、2009年に出たプラティナム・エディションに追加された6曲、および2010年のシングル「トゥデイ・ワズ・ア・フェアリーテイル」、計20曲の再演に加えて、“フロム・ザ・ヴォルト”と銘打たれた未発表もの6曲の新録…という全26曲入りのCD2枚組。再演ヴァージョンのほうはテイラーとエンジニアのクリストファー・ロウが共同プロデュース。新録6曲のうち4曲がジャック・アントノフ、2曲がアーロン・デスナー、つまり近作『フォークロア』や『エヴァーモア』で拡げたインディ・フォーク系の人脈がここでも、プレイヤーとしてのみならず、共同プロデューサーとしてテイラーに協力している。

再演もののほうは、基本的にはほぼオリジナル通りのアレンジのまま展開する。そういう意味では、かつてジェフ・リンがELO時代のレパートリーをそのまんま再演したベスト盤とか、あれに近いかも。いろいろあるけど、前のヴァージョン使うと気に食わない連中を利することになるので、これからはこっちをオリジナル・ヴァージョンだと思ってね…みたいな。

まあ、そうは言っても、やはりオリジナル・ヴァージョンの持つ輝きというのは永遠で。まだちょっと細くて、未熟で、青くて、カントリーっぽく鼻にかかった歌声で、瑞々しくたたずんでいた2008年のテイラーは、ほんと、素敵だったなー、あのころはよかったなー…とか、正直、逆説的に懐かしくなったりもするのも事実。それだけに、これだけだったら今回の“テイラーズ・ヴァージョン”、冒頭で引用した歌謡曲における歌い直し特撰ベストみたいな微妙な存在ってことになっちゃうのだけど。

ただ、どの曲でもぐっとヴォーカルの強さ、深さ、歌い回しの巧みさが増しているのは事実。発音というか、アクセントも洗練されたみたい。キャリアの積み重ねの中でテイラーが確実に成長しているんだなということを思い知らしてくれる。さらに、ジャック・アントノフとアーロン・デスナーが絡んだ新録6曲。これが重要。これら、テイラーが13歳から16歳ぐらいの時期に書いたという未発表曲が10数年前のテイラーと現在のテイラーと、歳月の隔たりをいい形でイマジネイティヴに連環させてくれるというか。近年、ぐいぐいとインディ・フォーク・シーンとのつながりを深めながら新世代シンガー・ソングライターの代表的な座を手にしている感じのテイラーの“コア”な部分に何があって、それがどんなふうに現在へとつながっているのかを教えてくれるというか。

この6曲があるぶん、やはり今回の“テイラーズ・ヴァージョン”こそが決定版って感じだ。メロディ的にも歌詞的にも、数年後のアルバム『レッド』の収録曲あたりへと連なる要素がすでにちょいちょい顔を覗かせたりしていて、そういう部分もやけに興味深い。キース・アーバン、マレン・モリスらカントリー畑の豪華ゲストも参加。カントリーからポップへとジャンルを変えて大活躍する現在のテイラーだけれど、彼女の中には、かつての来日公演のステージ上、バンジョーとか弾きながらいきいき躍動していたあの女の子が今なお存在し続けているんだなと再確認できて。ふと頬が緩んだりも…。

マレン・モリスとのデュエットで綴られる未発表曲「ユー・オール・オーヴァー・ミー」の中で“I lived, I learned”という歌詞が印象的に繰り返される。ちょっと象徴的な感じも。今後の再レコーディング・プロジェクトも楽しみです。

ぼくはハイレゾのダウンロードでゲットしたけれど、国内盤CDだとリミックス1曲がボーナス追加されているみたい。さらに、7インチ紙ジャケ仕様+ジャケ写デザインの限定ギター・ピック付き+2008年のオリジナル・アルバム発売時期に撮影された写真75枚以上のコラージュに、歌詞を掲載した両面ポスター・ブックレット添付のデラックス・エディションも4月30日に初回限定生産で出るそうです(Amazon / Tower)。

アナログはLP3枚組仕様。こっちは8月リリースだとか。買うとは思うけど、『エヴァーモア』のアナログもまだ届いていない状態なのに。最近、テイラーのアナログ、出るまで時間かかりすぎ…。

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