バイ・リクエスト/A.J. クロウチ
昨日に引き続き、今日も二世アーティスト。ジム・クロウチの息子さんであるA.J.クロウチのニュー・アルバムだ。
ジム・クロウチは若くして亡くなったので、実質的な活動期間はアルバム・デビューした1966年から悲劇の飛行機事故に遭った1973年まで、ほんの7年間。対して、その事故の3年前に生まれたA.J.は1993年にアルバム・デビュー。以降、現在まで28年間活動を続けている。キャリア的には今やA.J.のほうが大きく上回ってしまっているわけで。もはやA.J.を“二世”と言い続けるのも失礼なのかもしれないけれど。
そんなA.J.の新作はカヴァー・アルバムだ。そう聞くと、あ、パンデミックの間に自らの足下を見つめ直したのね…とか思うけれど。どうやらそうではなく、パンデミックのロックダウンに突入するより前に企画され録音されていた1枚だとか。ギャレット・ストーナー(ギター)、デヴィッド・バーラード(ベース)、ゲイリー・マラバー(ドラム)という腕きき揃いのレギュラー・ツアー・バンドを引き連れて、パンデミック下ではあり得ない、全員がスタジオに勢揃いしたうえでの一発ライヴ的なアプローチでベーシック・トラックのレコーディングが行なわれたらしい。
ライヴでも披露していたレパートリーが大半のようで、かなりこなれたパフォーマンスを堪能できる。A.J.の真っ向からのルーツ表明盤としても興味深い。アルバムのトップを飾る「ナッシング・フロム・ナッシング」など、冒頭のホーン・セクションのタグが変えられてはいるものの、ピアノがビートを刻み出して以降はほぼオリジナルのビリー・プレストン・ヴァージョンのストレート・コピーって感じ。ああ、好きだったんだなぁ…みたいな。思わず頬が緩む仕上がりだ。
かと思うと、続くニール・ヤングの「オンリー・ラヴ・キャン・ブレイク・ユア・ハート」では、ちょこちょこコードの流れがいじられていたり。まあ、個人的にはこのコード進行変更にはあまり納得できませんでしたが(笑)。いずれにせよ、そんなふうに曲によってカヴァーのアプローチを変えているのが面白いところ。その辺の意味合いを1曲1曲深読みしながら楽しむのも悪くなさそうだ。
「ハヴ・ユー・シーン・マイ・ベイビー」は、A.J.にとってわりと直系のパイセンという感じのランディ・ニューマンの作品。なんでも、A.J.は2歳のとき父親のコンサートを見に行ったのがライヴ初体験で。そのコンサートはジム・クロウチとランディ・ニューマンのジョイント・ライヴだったのだとか。初めてピアノで覚えた曲もニューマンの代表曲「セイル・アウェイ」だったらしい。そういう意味でもランディ・ニューマンはA.J.にとって重要な存在。というわけで、この曲もホーン・セクションの感触とかはニューマン・ヴァージョンを引き継いで。でも、テンポ感はフレイミング・グルーヴィーズのカヴァー・ヴァージョンに倣った感じ。
続くサム・クック作の必殺のソウル・バラード「ナッシング・キャン・チェンジ・ジス・ラヴ」は、ぐっと速めのテンポ設定でホットにキメている。けっこう独特な解釈。サニー・テリー&ブラウニー・マギーの「ベター・デイ」はロベン・フォードをゲストに迎えて、リズムをハネない平たいものにリアレンジ。これもそこそこ独自で渋い。
でも、次の「ウー・チャイルド」と「ステイ・ウィズ・ミー」は、それぞれのオリジナルであるファイヴ・ステアステップスとフェイセズのヴァージョンにかなり忠実なアプローチ。特に「ステイ・ウィズ・ミー」なんか、コピー演奏を思いきり楽しんでいるハイスクール・バンドみたい(笑)。A.J.はイアン・マクレガンが大好きだったのね。ヴォーカルもロッド・スチュワートっぽさ全開だし。
「ブリックヤード・ブルース」は作者アラン・トゥーサンがプロデュースしたフランキー・ミラーのヴァージョンを基本に、トゥーサン本人のヴァージョンやヒットしたスリー・ドッグ・ナイト・ヴァージョンなどをうまい具合にブレンドした仕上がり。ベースのデヴィッド・バーラードが以前、アラン・トゥーサンやドクター・ジョンのバンドに在籍していたことも物を言っているのかも。
こちらも同系統の先輩シンガー・ソングライター、トム・ウェイツの「サン・ディエゴ・セレナーデ」は、オリジナルに近いっちゃ近いけれど、好きでそうとう聞き込んでいたんだろうなというか、いい感じに自分のものにできているというか。トム・ウェイツ・ヴァージョンの肌触りを壊すことなく、しかし、A.J.ならではの裏メロをさりげなく配したりしながら、新たな世界観を付加してみせる。
ビーチ・ボーイズの「セイル・オン・セイラー」はいちばん大きくリアレンジされているかな。これまたかなり深く聞き込んだ成果なのだろう。ブルージーなナイス・アレンジ! そこからソロモン・バークの「キャント・ノーバディ・ラヴ・ユー」はゾンビーズのカヴァー・ヴァージョンを下敷きにしている感じかな。で、ラストはショーティ・ロングのインストR&B「エイント・ノー・ジャスティス」のごきげんなグルーヴで締め。
A.J.は2017年にダン・ペンのプロデュースの下でリリースした前作『ジャスト・ライク・メディシン』で、ジム・クロウチが最後に書いたという未発表曲「ネーム・オヴ・ザ・ゲーム」をレコーディングしたり、2018年にご存じ「アイ・ガット・ア・ネーム」をものすごく素直にカヴァーしたシングルをリリースしたり、あるいは父親のレパートリーばかり歌うトリビュート・ライヴを披露したり、いろいろ父親絡みの企画にも挑んできたけれど。今回のアルバムに父親の曲のカヴァーはなし。これもまた、“あり”な判断だろう。
一般的にカヴァー・アルバムというのは、次へのステップの前哨戦だったりすることが多いわけで。A.J.が、さて、この次、どんな新作を送り出してくれるのか、それも楽しみだ。