Disc Review

Start Walkin’ 1965-1976 / Nancy Sinatra (Light in the Attic/Boots Enterprises)

スタート・ウォーキン 1965〜1976/ナンシー・シナトラ

ポップ・ミュージックの世界にはたくさんの二世アーティストがいて。

ボブ・ディランの息子のジェイコブ、ジョージ・ハリスンの息子のダーニ、ローウェル・ジョージの娘のイナラ、ジョニー・キャッシュの娘のロザンナ、フランク・ザッパの娘のムーン、息子のドウィージル、デヴィッド・キャンベルの息子のベック、ブライアン・ウィルソンの娘とジョン・フィリップスの娘によるウィルソン・フィリップス、ジョン・レノンの息子のジュリアンとショーン、ラウドン・ウェインライトⅢの娘のマーサ、息子のルーファス、ティム・バックリーの息子のジェフなど…。

まあ、きりがないのでこのくらいにしておきますが。こうした二世アーティストの在り方というのは大きく二通りあって。その辺を考えるとき、ぼくがいつも思い浮かべるのが、今日の本ブログの主役であるこの人、ナンシー・シナトラだ。

今さら言うまでもない。ご存じフランク・シナトラの娘さん。1961年にショービズ界入りし、シンガーとして、女優として、活躍した。で、彼女の4つ年下の弟が、例の、誘拐されちゃったことでも知られるフランク・シナトラ・ジュニアで。こちらも1963年に芸能界入りし、シンガーとして活動してきた。

どちらも、とてつもない七光りを誇る鉄壁の二世アーティストなわけだけれど。在り方はそれぞれちょっと違って。リー・ヘイズルウッドやビリー・ストレンジといった有能なプロデューサー/アレンジャーを得て、ある時期、父親とはひと味違う独自のポップ路線を切りひらいたナンシー。父親ともよく仕事していたドン・コスタらをプロデューサーに、父親同様のポピュラー・スタンダード寄り路線で地味な歩みを続けたジュニア。どちらの道を行くのか。この辺、すべての二世アーティストが悩むところじゃないかと思う。

もちろん、どっちもありだし、どっちもなしかもしれないし。ぼくは二世じゃないので、彼らの気持ちはよくわからないし。どっちがよくて、どっちが悪いということもないはずだし。けど、少なくとも、その人生はその人生ですっごく大変なんだろうなということだけはわかる気がする。

というわけで、何はともあれ今日の主役ナンシー・シナトラ。いろいろと大変な重荷を背負っていたんだろうと想像はするけれど。そうしたもろもろを撥ねのけつつ1960年代半ばに彼女が放っていた存在感のようなものは、単なるぼんやりした七光りとは別次元の、ちょっとやばめで、なんだか歪んでいて、とびきりかっこいいものだった気がするなぁ、と。今回新たに編まれたベスト・アルバム『スタート・ウォーキン1965〜1976』を聞きながら、改めて思い起こしたのでありました。

ブロンド、ミニスカ、ブーツ…というごっきげんなファッションと、ちょっとはすっぱで生意気っぽい歌声を武器に、ガーリー・パワー炸裂の多彩なヒット曲を連発していたナンシーも、去年めでたく80歳を迎えた。それを祝し、ライト・イン・ジ・アティック・レーベルが1年くらいの規模で本腰を入れつつナンシーの過去音源を再発していこうというプロジェクトがスタートしたようだ。ライト・イン・ジ・アティックの Webショップを覗いてみたら、キュートな限定カラー・ヴァイナル(売り切れちゃっているものも…)とか7インチ・シングルとかカレンダーとか、いろいろ出ていて盛り上がる。

ナンシーの場合、自分のキャラをきっちり打ち立てる前、20代になったばかりのころにパパが設立したリプリーズ・レコードと契約し、かわいい声で「レモンのキッス(Like I Do)」とか「イチゴの片想い(Tonight You Belong to Me)」とかをアイドルっぽく漫然と歌っていた時期もあって。日本ではその時期の曲も人気が高いのだけれど。

ただ、全米ヒットチャートにその名を連ねるようになったのは20代半ば、「にくい貴方(These Boots Are Made for Walkin’)」とか、「シュガー・タウンは恋の町(Sugar Town)」とか、リー・ヘイズルウッドとのデュエット「サマー・ワイン」などをリリースしていたころで。同じリプリーズ・レコードに所属しながらも、かなり独自の路線を打ち立てて大活躍していた時期。今回の最新ベストは、その時期以降、1970年代に入ってからRCAやプライベート・ストック・レコードに移籍して活動していたころまでの音源で構成されている。

過去さまざまな規模で編まれてきた類いのシングル・ヒット集というわけではなく、けっこうレアなところまで目配りしたアンソロジーになっていて。この時期のナンシーの全体像をつかむうえでは絶好。レッキング・クルーの“いい仕事”も存分に味わえる。いきなり最強のシグネチャー・ソング「にくい貴方」で始まるのではなく、ビリー・ストレンジのギターだけをバックに、やばく、クールにカヴァーされた「バン・バン」でスタートしてから「にくい貴方」へ入っていく導入部も悪くない。

「レモン」も「イチゴ」も入っていないし、パパとの最終兵器的デュエット「恋のひとこと(Somethin' Stupid)」も、ハル・ブレインの強烈なプレイをフィーチャーした「ドラマー・マン」も入っていないので、日本のポップ・ファンからはそれなりに不満の声が噴出しそうではありますが。

そのぶん、5分半におよぶ組曲「アーカンソー・コール」とか、ジェイムス・テイラーが歌っていたダニー・コーチマー作品「マシンガン・ケリー」のカヴァーとか、父親とはまた別方向のストーリーテラーぶりが発揮された楽曲がフィーチャーされており、なかなか。“佳きころ”のナンシーの感触というのはやはりこの感じだから。その感触を思いきり、手軽に楽しむには最高のコレクションに仕上がっている。あ、でも、それだったら、腕ききドラマーの貧しい駆け出し時代を支える妻の姿を描いた「ドラマー・マン」も入れてほしかったような…(笑)。

全23曲中、当時のプロデューサーでもあったリー・ヘイズルウッドとのデュエットものが9曲。数年前のインタビューでナンシーは、「フランクの娘であると言われるか、リー・ヘイズルウッドと一緒に歌っていた人と言われるか…。私はこのトラップから逃れることはできないみたい。でも、それでOK。私の人生に関わった男の人たちを恨みはしない。彼らは私のことをとっても助けてくれたんだもの」とか語っていて。二世としての扱いを逃れようとしても、また別の男の影が…みたいな。しかも、ヘイズルウッドというある種“異質”な個性をナンシーに引き合わせた仕掛け人は、なんとパパであるフランク・シナトラだったそうだし。複雑だ。1960年代、1970年代という時代に活躍した女性ならではの深い悩みも感じはするのだけれど。

そうした当時の現状をも敢然と受け入れつつ、自身の個性を精いっぱい表明し、思いきり輝いていたナンシーは、やっぱりかっこよかったなーと思うのでありました。

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