Disc Review

Orange Crate Art (25th Anniversary Expanded Edition) / Brian Wilson & Van Dyke Parks (Omnivore Recordings)

オレンジ・クレイト・アート(25周年拡張エディション)/ブライアン・ウィルソン&ヴァン・ダイク・パークス

「そう、私はクレイジーだ。それは知っている。私のアレンジはクレイジーだ。でも私は、精神分裂ぎみのこのアプローチが生むパワーを信じている。一種の切迫感だ。たとえば偉大なる画家ヴァン・ゴッホ。彼の作品にはとんでもない自信と同時に精神的な苦痛が同居している。それに対して、受け手に不条理なまでに笑いを強要したり、涙を強要したりする作品もある。そういうものに接した時、私はそれを無視する。私が好きなアートは、オーディエンスを、笑うべきなのか、泣くべきなのかわからずに途方に暮れた状態で置き去りにしてくれるものだ。その両方を同時に引き起こしてくれるものだ。まさに、ブライアン・ウィルソンの作品の特徴だ。惨めになるくらい悲しいのに、陽気。だから私は彼に興味を持ったんだ。若いころの彼に…」

以前、来日したヴァン・ダイク・パークスにインタビューさせてもらったとき、彼が語ってくれた言葉だ。かつて本作『オレンジ・クレイト・アート』が再発された際に執筆したライナーノーツにも引用させてもらった発言だけれど。ヴァン・ダイクとブライアン、二人の天才の魅力を見事に言い表わしている気がする。

ビーチ・ボーイズの『SMiLE』。ご存じの通り、あのアルバムはかつて“世界でもっとも有名な未発表アルバム”と呼ばれていた。ビーチ・ボーイズの中心メンバーだったブライアンと、当時彼のソングライティング・パートナーをつとめていたヴァン・ダイク、二人の20代前半のポップ・クリエイターが1966年から67年にかけて作り上げようとしていた斬新で意欲的なコンセプト・アルバムだ。

が、ヴァン・ダイクが提供するドラッギーな現代詩は、レコード会社はもちろん、ビーチ・ボーイズの一部のメンバーからさえも拒絶された。軋轢とプレッシャーの中、いつ果てるとも知れぬブライアンのスタジオ・ワークへの没頭ぶりが周囲を不安と不信の泥沼へ落としこんだ。人一倍ナイーヴだったブライアンの精神状態はどんどん不安定に。激しい妄想に悩まされるようになり、とうとう1967年5月、未完成のまま『SMiLE』の制作中止が決定。ロック・シーンでもっとも有名な未発表アルバムと化した。

ブライアンは、それまでも常用していたドラッグの世界へとさらに深く溺れ、文字通り心身ともにぼろぼろの状態に。音楽制作の第一線から身を引かざるをえなくなって…。

まあ、みなさんご存じの通り、ブライアンは長い闘病の後、やがて見事に復活。2004年になってからソロ名義でこの未完の『SMiLE』をついに完成へと至らせ、それに基づいてビーチ・ボーイズ版『SMiLE』の再構築も実現。今では誰もがフツーに『SMiLE』という大傑作アルバムに接することができるようになったわけけれど。

今回、発売25周年記念エクスパンデッド・エディションがリリースされた本作『オレンジ・クレイト・アート』が出た1995年10月の段階で、まだ『SMiLE』は世に出ていなかった。完成すらしていなかった。それだけに、『SMiLE』の伝説的頓挫劇からほぼ30年の歳月を経て、ヴァン・ダイクとブライアンが感動の再会を果たした本作が登場したとき、幻の『SMiLE』制作コンビによる夢のコラボレーション盤として多くのマニアックなビーチ・ボーイズ・ファンが驚喜した。ぼくもそう。同好の仲間と集って、このアルバムの素晴らしさについて熱く語り合う毎日を過ごしたものだ。懐かしい。

もともとヴァン・ダイクの単独名義でリリースされるとアナウンスされていた1枚。でも、蓋を開けてみたらほぼ全編、ブライアンの歌声がフィーチャーされていた。本編ラストを飾るジョージ・ガーシュイン作品「ララバイ」とマイケル・ヘイゼルウッド作の「ジス・タウン・ゴーズ・ダウン・アット・サンセット」以外、すべてヴァン・ダイク作(ヘイゼルウッド作詞を手がけた2曲を含む)だ。

もちろんここでリーダーシップをとっているのはヴァン・ダイク。両者のバランス的にも、けっしてストレートに『SMiLE』の90年代版と言い切ることはできなかった。けど、郷愁に満ちた南カリフォルニアの情景に貫かれた本作は、ガーシュイン、ゴットショーク、コープランドなどに通じる抗いようのないアメリカン・ノスタルジアに全編貫かれており、そういう意味では『SMiLE』の完成形を幻視させるに十分な名盤ではあった。

なんでもヴァン・ダイクは92年ごろ、いったん幻の『スマイル』を完成させる作業をしようと思い立ち、ブライアンのもとを訪ねたことがあったのだとか。が、そのころのブライアンはまだ混迷のただ中にいた。所在をようやくつきとめてブライアンの家を訪ねたものの、彼はひとりぼっちで、どこを見つめるでもない目でテレビを眺めていたという。ヴァン・ダイクはいったん計画を諦めた。

その後、ある新曲を書いていたとき、その旋律がヴァン・ダイクに“オレンジ”を想起させた。もちろん、その旋律が本作の表題曲「オレンジ・クレイト・アート」へと発展することになるのだけれど。ミシシッピ州出身のヴァン・ダイクにとってオレンジはカリフォルニアの夢の象徴。そして、それを歌うのは生粋のカリフォルニアン、ブライアン・ウィルソンしかないと直感したという。

で、今度は固い決意のもと、ブライアンをスタジオに招いた。訳も分からず歌入れのためにマイクの前に立たされたブライアンは、コントロール・ルームにいたヴァン・ダイクに向かって、「ちょっと待ってくれ。俺は今何をしてるんだ?」と戸惑いを爆発させたのだとか。ヴァン・ダイクはトークバックを通じて、「俺は自分の歌声に我慢ならないんだ。だから、君がここにいる」と答えた。するとブライアンは、「わかった。じゃ、やろう。テイク・ワン!」と即答。歌入れが無事スタートし、この傑作アルバムが完成に至った、と。

ヴァン・ダイクの指示のもと、リード・ヴォーカルに、コーラスに、いつになくていねいに歌い綴るブライアンの姿は本当に感動的だった。ヴァン・ダイクはブライアンに“一緒に曲も書こう”と提案したそうだが、それはブライアンが固辞。あくまでもシンガーとしてこのプロジェクトに参加することになった。とはいえ、ふくよかさとスリルを併せ持つコーラスのアンサンブルの中に身を置くブライアンの歌声は当時、本当に感動的だった。曲を書くのと同じほどのクリエイティビティを届けてくれた。

ドン・ウォズ監督のドキュメンタリー映画『駄目な僕』にもヴァン・ダイクのピアノをバックにブライアンが訥々と歌うシーンが挿入されていた。が、そのシーンで歌われていた表題曲など、こちらでは映画でのピアノ一本の素朴な肌触りから一変。ブライアンとヴァン・ダイク入魂のコーラス・ワークが光る仕上がりになっていた。エグゼクティヴ・プロデューサーはレニー・ワロンカー、コンサート・マスターはシド・ペイジ、ミュージシャンとしてリー・スクラー、フレッド・タケット、ダニー・ハットン、ダグ・レイシーら多くの名前がクレジットされている。関わったメンバーの顔ぶれにも胸が高鳴ったものだ。

そんな傑作アルバムの25周年を祝って、今回、新たに3曲のボーナス・トラックと、「ララバイ」以外のオリジナル・アルバム収録曲11曲のバックトラックを収めたボーナス・ディスクを組み合わせた拡張エディションが、本CD2枚組だ。ボーナス・トラック3曲のうち2曲はガーシュウィン・ナンバー。ひとつめは必殺の「ラプソディ・イン・ブルー」だ。歌詞なしのウーアー・コーラスとヴァン・ダイクならではのふくよかなオーケストレーションで綴っている。

ふたつめ、「アワー・ラヴ・イズ・ヒア・トゥ・ステイ」はフォー・フレッシュメン・ヴァージョンのヴォイシングを下敷きに、バック演奏をぐっと現代的にアップデートした仕上がり。アレンジはバーバンク仲間のペリー・ボトキン。イントロにやはりフォー・フレッシュメンの「イッツ・ア・ブルー・ワールド」のハーモニー・イントロを配しているあたり、なんとも心憎い。当時ワーナーのトップだったモ・オースティン夫妻が好きな曲ということで、彼らに捧げたものらしい。

これら2曲のガーシュウィン・ナンバーはヴァン・ダイク中心のコーラス・ワーク。ブライアンは入っていないかも。ブライアンに歌わせるためにガイド用のデモとして録音したものかな。よくわからないけど。

それにしても、「ラプソディ・イン・ブルー」といえば『SMiLE』の核を成す「英雄と悪漢(Heroes and Villains)」の重要なインスピレーションとなった作品でもある。のちにブライアンがガーシュウィンものに挑んだ“リイマジン”アルバムを出した際にも、おなじみのテーマ・メロディ部分をブライアンのコーラスで披露していた。

そんな意味でも、ウィルソン=パークス・セッションにとってジョージ・ガーシュウィンは絶対に無視できないキー・パーソンなのだ。『オレンジ・クレイト・アート』の本編ラスト曲「ララバイ」も含め、このアルバムでもやはりガーシュウィンが想像以上に重要な役割を果たしていたのか、と。なんだかいろいろな脈絡が浮き彫りになってきて、泣けてくる。

でもって、ボートラもう1曲。新型コロナウイルス禍にあたってステイ・ホームを続けなければならないぼくたちへのプレゼントのような感じでひと月ほど前に先行公開された「この素晴らしき世界(What A Wonderful World)」。こちらはブライアンの歌声をフィーチャーした名カヴァーだ。

公式サイトで注文したアナログLP、カラー・ヴァイナル2枚組ってのはコロナ騒ぎのあおりで届くのがちょっと遅れるみたいだけど、国内アマゾンでゲットしたCD2枚組は発売日直後にちゃんと届いた。ボーナス・ディスク付きのCDでないと本編収録曲のバックトラック群を聞くことができないので、まあ、仕方ないっすね。オケも、まじ、素晴らしいし。無駄に思えるかもしれないけど、両方ゲットして正解だ、と。そういうことです。安いものです。はい。きっぱり。

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