Disc Review

Valve Bone Woe / Chrissie Hynde (BMG)

ヴァルヴ・ボーン・ウォー/クリッシー・ハインド

プリテンダーズのクリッシー・ハインド姐さんによる、待ちに待った新作ソロ。4月くらいからこのブログでも、こことかここで先行トラックを紹介しながら待ち焦がれておりましたが。ようやく出ました。うれしい。

それらのページでも触れたことだけれど、2000年、ユアン・マクレガーとアシュレイ・ジャッドが主演した映画『氷の接吻(Eye of the Beholder)』の中で、クリッシー姐さんが歌う「アイ・ウィッシュ・ユー・ラヴ」という曲が印象的に流れていて。これ、キーリー・スミスのレパートリーとしておなじみの名曲。もともとは40年代のシャンソンで、1957年にキーリーが英語詞で歌って以来、スタンダード化したものだ。1963年のグロリア・リンのヴァージョンは翌年、全米トップ40ヒットを記録している。

そんな曲にクリッシーは持ち前のクールなイメージで、ジャジーに、スロウにアプローチ。映画自体、全編に狂気がじわじわ漂うサイコ・サスペンス的なものだったことともあいまって、姐さんの歌唱も美しいのにどこか危険な香りみたいなものが強烈に印象に残る仕上がり。姐さん、グロリア・リンのヴァージョンに倣ったのか、ちゃんとヴァースの部分からていねいに歌っていて、ヒラ歌の有名な歌い出し“I wish you bluebirds…”に至る瞬間とか、けっこうぐっときたものだ。

ただ、この映画のサントラ盤とか、実は出ていなくて。ようやく音源を手に入れられたのは、2003年、プリテンダーズのアルバム『ルーズ・スクリュー』の日本盤にボーナス・トラックとして収めらたとき。うれしかったなぁ。でも、映画のエンディングに使われていたヴァージョンなので、後半6〜7分、えんえんアンビエントっぽくなってたりして。ちょっとたじろぎましたが(笑)。

あれから20年近く。まあ、クリッシー・ハインドの場合、1994年、フランク・シナトラとのデュエットを披露するなど、ロックンロールものだけでなく、ジャジーな曲にも対応できる人だってことをちょいちょい折を見てアピールしてきてはいたのだけれど。今回はそうした持ち味が全開。ジャズ〜ポピュラー系のスタンダード曲を中心に取り上げた素晴らしいカヴァー・アルバムを生み出してくれた。

といっても、やることなくなったベテラン・ロック・シンガーが仕方なくドレスアップして古き良きスタンダード音楽にも挑戦してみましたよ的な、よそ行きなやり口ではない。編成はさすがにいつものコンボ・バンド形式ではなく、ストリングスやホーンもふんだんに取り入れたラージ・アンサンブルなのだけれど、切れ味鋭い感性のようなものはそのまま、そこに様々なタイプの楽曲を引きずり込みながらのカヴァー作品集だ。素晴らしい。

選曲もいい。ホーギー・カーマイケルあり、ロジャース&ハマースタインⅡあり、ナンシー・ウィルソンあり、ジョニー・マティスあり、フランク・シナトラあり、ダイナ・ワシントンあり、バーブラ・ストライサンドあり。かと思えば、チャールズ・ミンガスやジョン・コルトレーンの楽曲にユニークな切り口から挑んだインストものもあり。さらにブライアン・ウィルソンあり、レイ・デイヴィスあり、ニック・ドレイクあり…。でもって、ラストは「アイ・ウィッシュ・ユー・ラヴ」の原曲となったシャンソン「残されし恋には(Que Reste-t’il De Nos Amours?)」をフランス語で歌って締め…みたいな。

マリウス・デ・ヴリーズとエルダッド・ゲッタがプロデュース。この二人、最近では音楽監督として『ラ・ラ・ランド』を大当たりさせたチームでもある。デ・ヴリースは先述した『氷の接吻』の音楽も手がけていたし。静かだけれど、甘すぎず、いい意味での緊張感に満ちたアンサンブルを編み上げるうえで大きな役割を果たしているようだ。

姐さん、やばい。かっこいい。

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