Disc Review

Before This World / James Taylor (Concord)

BeforeThisW

ビフォア・ジス・ワールド/ジェイムス・テイラー

シンガー・ソングライターというと素朴に、ナイーヴに、非商業的に、私的な体験をナチュラルなアコースティック・ギターに乗せて歌う、みたいなイメージがあるけど。当然ながら、それが聞き手という他者との関係の中で一定以上の力を持つためには、底辺にプロの表現としての完成度を備えていなければならないわけで。

だから空前のシンガー・ソングライター・ブームが巻き起こった70年代初頭、次々とシーンに登場してきたシンガー・ソングライター群はあっという間に淘汰された。私的告白もすぐに種が尽き、多くが袋小路へと迷いこんだ。生き残れたのは、プロとしての豊かな表現力と音楽性を有する一握りの者たちだけ。ジョニ・ミッチェル、ポール・サイモン、ニール・ヤング、ジャクソン・ブラウン、キャロル・キング…。

そしてこの人、われらがJT、ジェームス・テイラーだ。紡ぎ上げた歌詞を愛でるように歌い綴りながら、語り手の私的な物語を聞き手それぞれの物語へと生まれ変わらせてしまうストーリーテラーとしての力量も、洗練されたテンション・コードも軽々弾きこなしつつ、生ギター1本でジャズの洗練や、ラテンの躍動や、クラシックの荘厳さや、R&Bのファンキーさまで表現してしまう演奏技術もずば抜けている。ソングライターとしてだけでなく、ミュージシャンとして、あるいはシンガー、ストーリーテラーとしての力が並じゃない、と。だからこそブームが過ぎ去ったあとも、JTは現在までえんえん根強く支持され続けてきたわけだけれど。

新作、出ました。このところ、カヴァー集とかクリスマスものとかライヴとかばっかりで、書き下ろし中心のアルバムとしては02年の『オクトーバー・ロード』以来13年ぶり。とはいえ、卓抜した生ギター演奏を中心に据えた繊細な音像のもと、独特の穏やかな歌声で、どこか屈折した私的物語を淡々とつづる姿勢は往年と何ひとつ変わらない。ただ、どの曲にも67歳を迎えた者ならではの年輪が加わり、より豊かな表現を楽しめるのがポイントだなぁ。

73年の初来日のとき、どうやってギターを弾いているのかわからない部分を解明したくって、6本線を引いたスケッチブックと双眼鏡を抱えて、連日、コンサートに通いつめた高校生時代の気分を鮮烈に思い出させてくれると同時に、還暦も目前の今の自分の心持ちみたいなものにもリアルに響く1枚。たまらないです。うれしくて、アナログ盤も、ハイレゾも、全部買っちゃいました。ああ…。

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