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Disc Review

King Of The Delta Blues Singers (Vol. 2) / Robert Johnson (Columbia/Legacy)

キング・オブ・ザ・デルタ・ブルース・シンガーズ Vol.2/ロバート・ジョンソン

ラジオとかに、音楽評論家としてではなく、熱心な野球ファンとして呼ばれたりすることもあって。そういうときは「熱烈ジャイアンツ・ファンの健太さんです」とか紹介されるわけですが。

ぼくのレギュラー番組を聞いたりしてくださっている方ならば、もう耳タコだとは思うけれど。ぼくは基本的には熱烈な長嶋茂雄ファンで。ジャイアンツという球団そのもののファンとしてはさほど熱烈ではない。球団のファン……という在り方がぼくには今ひとつよくわからないし。だから、今も“長嶋的”なものを探しながら、なんとなくその名残がまだほんのちょっと残っているように思えなくもないジャイアンツを中心に、他の球団の試合も毎日チェックしつつ(スカパー、ありがとう!)楽しく日々を過ごしている、と。

で、まあ、そんな細かいことはどうでもよくて。何が言いたいのかというと。ジャイアンツ・ファンだとわかると、「じゃ、新聞は読売ですか?」と言われる。とんでもない。ジャイアンツには好感を持っていても、読売新聞は嫌いだ。なぜって。ナベツネが嫌いだから。ナベツネという人の強引なやり口は多くの人が嫌っていると思うけれど、たぶんジャイアンツ・ファンがいちばんナベツネのことを嫌っているんじゃないかと思う。名目上退任したとはいえ、今なお実質的なジャイアンツ・オーナー。野球にもたいして詳しいわけじゃないくせに、あれこれつまらん口出しばかりして。俺の好きなジャイアンツに何するだよ! という感じ。ナベツネがジャイアンツを作ったわけじゃないしね。途中から経営権を手にしただけだし。かつてジャイアンツのビジター・ユニフォームの胸の“TOKYO”の文字を“YOMIURI”に変えるというニュースが伝わった時期、球場に詰めかけたジャイアンツ・ファンがどれほど抵抗したことか。

それだけに、そんなナベツネの支配下にある読売新聞には嫌悪感すら抱いているのだけれど。さらに読売が嫌いになりそうな記事を見つけた。これ。“ファン裏切る「億万長者」のスト”だって。報知にも似たようなニュアンスの記事があったけど。“試合を楽しみにしていたファンへの裏切り行為”とか、“コミッショナーが、最終局面で出した調停案も、結果的に選手会に踏みにじられた”とか、“選手会が、ストの「引き際」を心得ていると信じたい”とか。なんだ、これは? ナベツネが書いたのか? 新聞社である前にオーナー会社であるということの表明か? ジャーナリズムよりもカネが大事だということの表明か?

『編集手帳』のコーナーにも、“「一年」の主張の隔たりが引き金になってのスト突入は何とも割り切れない◆野球を見たいファンの声に耳をふさいで、どうするのだろう”なんて文章があって笑ったけど。これ書いた人こそ、こぞって署名して、もちろん試合は見たいけど、でもプロ野球の将来のために選手会の決定を支持すると意思表明し、球場のスタンドから古田にエールを送っているファンの声に耳をふさいでどうするの……って感じですよ。ある世論調査では8割近いファンがストに賛成。そのほとんどが“徹底的にやれ”と言ってるんだから。

17日の労使交渉後の記者会見でも、ロッテ球団代表の瀬戸山が「ストというのは、試合を楽しみにしているファンに対する重大な背信行為だ」とか、原稿を棒読みしていた。「自分たちは謙虚に、真摯に対応してきたが……」とか、ぜんぜん謙虚でも真摯でもなさそうな威圧的な表情で、これまた原稿棒読みしていたけど。ふざけるなっつーの。もうロッテのガムは買わねーぞ。

ファンの側、つまり受け手側のクリエイティヴィティこそがシーンを作っているという視点を失った文化は失速する。間違いない。オーナー側が、自分たちが金出してシーンを作っているんだ、娯楽を提供してやっているんだと、暴力的なまでの勘違いをして、その勘違いを正そうともしないプロ野球シーンは、だからそうとうやばいです。自分たちが関わっている文化の本質がどういうものなのか、もう一度じっくりと勉強し直してほしいものです。

時を同じくして音楽界のほうでも面白い動きがあって。エイベックスとソニーがCCCD撤退を発表した。ぼくがCCCDに対する反対を最初に表明したのが、えーと、いつだっけ。これが本ホームページでの最初の反対表明かな。そのちょっと前にいくつかの雑誌で反対記事を書いたので、もう2年半くらいCCCDに反対し続けてきたのか。長かったなぁ。

でも、エイベックスの撤退に関するプレスリリースとか読んでみると、そこには“音楽ファイルに関してはファイル交換ソフトを現在利用しているユーザー数は漸減傾向にあります。ファイル交換ソフト利用者の摘発・逮捕など、取締りが強化されたこともその一因であると考えられます。これらの状況を総合的に評価すると、当社がCCCDを発売するに至った当初目的に対し、一定の成果をあげることができたものと判断できます”という文章があって。CCCDを導入したことは正しかったという体面を崩さずにいる。言葉を弄びつつ、正当化している。つまり、ユーザー、リスナーに対して“規格外のつまらない技術を導入しちゃって、迷惑かけました。すみません”とは絶対に言わないわけでしょ。

これもまた、自分たちが扱っている“商品”がどういう本質をともなった文化なのか、誰がシーンを作っているのか、活性化させているのか、その真実をあくまでも認めようとしない姿勢から生まれた高圧的なプレスリリースだなと思い知る。

だって、撤退を決めたエイベックスもソニーも、要するに経営陣のトップが入れ替わって、その方針の違いだけで、CCCD徹底導入になったり、完全撤退になったりしているだけでしょ。自分たちがどういう文化の盛衰に関わっているのか、その本質の部分を理解しているとは到底思えない。経営陣の都合でころころ方針が変わっているだけ。そういう意味では、あまり素直に喜べないかも。ごたごたはまだ続きそうだ。だいいち、洋楽CDにまで醜悪なCDS方式のコピープロテクトを無自覚にかけまくっている東芝EMIはそのままの態度なわけだし。

しかし、もっとも“なんとなく導入”度が高かった社だけがひとつ、ぽつんと取り残された感じで。これはこれで面白いね。こういう時流というか、時代の必然というか、そういったものをまったく理解できぬまま、ぽつんと取り残された東芝EMIは、引くに引けず、間もなくジョン・レノンの『ロックンロール』リミックス&リマスター盤にまでコピープロテクトを施しつつリリースすることになるのでしょう。あーあ。輸入盤、買いましょうね、アマゾンで。

とにかく、だ。プロ野球にせよ、音楽にせよ、経営陣がカネに目がくらんでいると自分たちが商品として扱っている文化の、もっとも大事な部分を踏みにじってしまうってことですよ。それがわからないなら、むしろこの商売そのものから撤退してもらいたい。そのほうがファンとしてはありがたい。金儲けしたいならパチンコ業界にでも参入したほうがいいっすよ。まじで。

さあ、初心に返りましょう。ロバート・ジョンソン。1998年にアメリカでボーナス1曲追加仕様でCD化再発された『King Of The Delta Blues Singers』(66年編纂)に続いて、その続編として70年に編纂された『同 Vol.2』が8月にアメリカでCD化された。まあ、この人の場合、たぶん多くの音楽ファンが90年にリリースされたCD2枚組の全曲集を持っているのかなと思うけれど。

個人的にはこのフォーマットのほうが落ち着くというか。ミュージック・マガジン誌の最新号に書いた原稿と重複しますが、こちらにも書いておくと。ぼくがこの人の音楽に初めて接したのは、70年代ブルース・リヴァイヴァル・ブームのころ。66年と70年にアメリカで編纂されたこの人のLPが宝物のように売られていて。当時まだ学生だったぼくは、その2枚に収められた32トラック31テイク29曲を聞きまくったものだ。もちろん、最初はとびきり“渋い”音楽としてぼくの耳に飛び込んできた。なんたって戦前の録音だ。当然音質はくすんでいる。それだけで、もう渋い。例の“十字路で悪魔に魂を売った男”という伝説的なイメージも、そうした印象に拍車をかけた。

が、なにせ学生はヒマだから。その後えんえんと聞き続けるうちに、これは録音当時もっともポップかつロックな音楽のひとつだったんだろうなと実感できるようになってきた。確かに盤に記録された音像はしょぼいかもしれないけど。だからといって、彼の歌声なりギターなりがもともとそういう音質だったはずはない。もともとそんな声をした人間なんかいないし、そんな音のギターもない。録音技術の限界のせいでそういう音質になってしまっただけ。きっと、生で聞いたら音質も音圧もすごかったはずだ。そう強引にイメージしたときからロバート・ジョンソンの凄みがよりいきいきと、鮮烈に伝わってくるようになった。独特のグルーヴをたたえたウォーキング・ベースを叩き出すジョンソンの親指のイメージがでっかく眼前に立ちふさがった。

その後、全録音集『コンプリート・レコーディングス』がリリースされて。テイク違いがぐっと増えて全41トラックがお目見え。以降はその2枚組CDでの鑑賞へと切り替わったわけだが。でも、やはり昔のクセは抜けない。どうしてもかつて宝物だったLP2枚の曲順が頭から離れない。そんな、興味のない人から見たらどうでもいいような違和感に、ぼく同様悩まされてきた同志も少なくないはずだ。

なので、98年に出た『Vol.1』と今回の『Vol.2』。これで、まじ落ち着いた。日本では9月、独自に両盤とも紙ジャケ仕様での再発も実現。ますます落ち着く。『Vol.1』には『コンプリート・レコーディングス』リリース後に発見された「トラヴェリング・リヴァーサイド・ブルース」の別テイクが追加されていたけれど、今回は「ランブリン・オン・マイ・マインド」の別テイクを、まあ、既発ものとはいえボーナス収録。もちろん身体が両盤とも全16曲入りに慣れちゃっているぼくは、ありがたみは存分に感じつつも、ボーナスが出てくる前で再生を止めますが(笑)。 

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