Disc Review

Miles '56: The Prestige Recordings / Miles Davis (Craft Recordings/Concord)

マイルス’56:ザ・プレスティッジ・レコーディングズ/マイルス・デイヴィス

数カ月前、今年の6月に出た箱のご紹介です。遅くなってすみません。

よくレーベルとの契約が残っていたから、その契約を消化するためにもう1枚アルバムを作った…みたいな話を聞くけど。

たとえば1978年、活動を続ける意欲が薄れていたというエマーソン、レイク&パーマーがアトランティック・レコードとの契約を満了するために作った『ラヴ・ビーチ』とか。1996年、ワーナーと揉めまくっていたプリンスが“もともとは私的な使用を意図した音源だ”的な捨て台詞とともにリリースした『ケイオス・アンド・ディスオーダー』とか。

1967年にソロ・アーティストとしてバート・バーンズのバング・レコードと契約したヴァン・モリソンが、だんだんレーベルとの関係が険悪になっために、契約消化のためにわずかなコードをかき鳴らしながら適当な歌詞を即興で歌った“コントラクチュアル・オブリゲイション・セッション”、つまり契約上の義務セッションで生まれた31曲とかも同じようなテイストを感じさせるものかな。

でも、史上もっとも贅沢かつ圧倒的な契約消化セッションというと、やっぱり1956年、マイルス・デイヴィスが大手の米コロムビア・レコードと新たに契約を結ぶため、それまで在籍していた独立系レーベル、プレスティッジ・レコードとの契約を完遂するために行ったマラソン・セッションかな、と。

マイルスは両レーベルの得になるような移籍劇を考案。コロムビアでは1955年に先行してレコーディングをスタートさせたけれど、その音源はプレスティッジとの契約が満了するまで発売しないことにして。その間、プレスティッジにたくさんの新音源を提供。コロムビアに正式に移籍した後、プレスティッジはそれらの蓄えた新音源を引き続きアルバムとしてリリースできる、と。

というわけで、1950年代後半、マイルスの新作アルバムがコロムビア、プレスティッジ、両レーベルからリリースされることになって。

そこでマイルスは新たなレギュラー・クインテットを編成。マイルス(tp)、ジョン・コルトレーン(ts)、レッド・ガーランド(p)、ポール・チェンバース(b)、フィリー“ジョー”ジョーンズ(ds)という顔ぶれの、いわゆる第一期黄金クインテットを率いて、1956年5月11日と10月26日、ニュージャージーのルディ・ヴァン・ゲルダー・スタジオでそんな豪華な契約消化マラソン・セッションを敢行。

ご存じの通り、ここから4枚の傑作アルバム、『クッキン』(1957年)、『リラクシン』(1958年)、『ワーキン』(1959年)、『スティーミン』(1961年)が生まれたのでした。

この時期、コロムビアでマイルスは、より緻密なスタジオ・ワークの下で制作された『ラウンド・アバウト・ミッドナイト』(1957年)とか、ギル・エヴァンスと共同作業した『マイルス・アヘッド』(1957年)とか、モード・ジャズへの移行が刻まれた『マイルストーン』(1958年)、そして泣く子も黙る『カインド・オヴ・ブルー』(1959年)など、ジャズの新時代を牽引する作品群を次々リリースしていったのだけれど。

それに対してプレスティッジの一連の作品は、ビ・バップ〜ハード・バップ以降のモダン・ジャズの小編成コンボが到達したひとつの理想形の記録という感じで。その両方を1950年代後半、マイルスは同時に提示していた、と。

個人的にはこのあたりの事情がよくわかっていなかったもんで、1970年代、高校生になってから、ジャズもあれこれ聞くようになったとき、マイルスのアルバムに発表順に接しつつ、ずいぶんと混乱したものですが(笑)。

そんな1956年のプレスティッジにおけるマイルスの録音を集大成したボックスをご紹介です。これまで出ていた1954年箱、1955年箱に続くもので。冒頭に書いた通り、今年の6月ごろに出たもの。なかなか聞ききれず。紹介が10月になっちゃいましたよ。

前述4作の全音源(1959年に出た『マイルス・ディヴィス・アンド・ザ・モダン・ジャズ・ジャイアンツ』に収録された「ラウンド・ミッドナイト」も含む)はもちろん、第一期黄金クインテットを組む前、マイルス(tp)、ソニー・ロリンズ(ts)、トミー・フラナガン(p)、ポール・チェンバース(b)、アート・テイラー(ds)という顔ぶれで録音されてアルバム『コレクターズ・アイテム』(1956年)に収められて世に出た3曲も含めて、すべてが録音順に並べられてます。

どれも名演ばかりだけど、個人的にはやはり最後に収められている「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」かなぁ。ごきげんにグルーヴするレッド・ガーランドのピアノ・ソロの直後、ミュート・トランペットの音色一発で世界を一気にクールダウンさせるマイルスの冷徹な存在感がすごすぎる。

クールなマイルス、独特のハーモニー感覚を予見させるコルトレーン、まさにグルーヴィーなガーランド、完璧なスウィング感を提供するチェンバースとジョー・ジョーンズ。この1956年のプレスティッジ・セッションでジャズの“過去”をある種、総決算したからこそ、マイルスはコロムビアでの“未来”に向けた新たなステップへと移行することができたのだなぁ…。

ちょうど70年前。1956年。ロックンロールが全米を巻き込んで大爆発した年。ジャズの世界でもすごいことが起きていたということを改めて。CD3枚組のほか、LP4枚組もあり。

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