
ラヴ・ストーリーズ/ジー・シンシアーズ
ぼくにアメリカン・オールディーズの素晴らしさを教えてくれたヒーローといえば、ジム・ピューター、ウルフマン・ジャック、糸居五郎、亀渕昭信、大滝詠一、山下達郎といったラジオDJたちだったわけだけれど。
もうひとり、大事なラジオDJがいて。この人の番組をリアルタイムに聞いた経験はないのだけれど、この人が編纂したオールディーズ・コンピレーションなかりせば、ぼくがアメリカン・オールディーズの深い沼にずぶずぶハマっていくこともなかったはず。
それがアート・ラボーという人で。この人に関しては、2022年10月、彼が97歳で亡くなったとき、そんな思い出を交えながら追悼記事を書いた。彼のコンピ・シリーズからお気に入りの12曲を選んでプレイリストも作った。詳しくはそちらを読んでいただければと思うのだけれど。
そんなアート・ラボーの名前に、今回、思いがけず再会した。
イーストLAのチカーノ・ソウル・グループ、ジー・シンシアーズの中心メンバー、ジョーイ・キニョネスが、新作『ラヴ・ストーリーズ』のリリースに合わせて受けたインタビューの中でのこと。なんとキニョネスさん、アート・ラボーにまつわる思い出を語っていたのだ。
彼はイーストLAで育った少年時代、服にアイロンをかけながらラボーのラジオ番組を聞いていたのだとか。リスナーから寄せられる恋人や家族へのメッセージとともに、甘く切ないオールディーズが流れてくる。そんな番組を聞いていると、自然と背筋が伸び、誰かをもっと深く愛したくなるような気持ちになったのだ、と。
いいなぁ。
そもそもラボーの番組は、ロサンゼルスのメキシコ系アメリカ人、いわゆるチカーノたちのコミュニティに深く根付いていた。古いドゥーワップやスウィート・ソウルは、今でも彼らにとって単なる懐メロではない、世代から世代へと受け継がれてきた、生活に密着した“現役”の音楽なのだ。
ぼくにとっては、遠いアメリカへの憧れとともに輸入盤のコンピを通じて親しんできたオールディーズ。でも、イーストLAで育ったキニョネスにとっては、それがまさに地元の、ある意味“ルーツ・ミュージック”と言ってもいい存在で。
ぼくがキニョネス率いるジー・シンシアーズに思いきり惹かれるのは当然っちゃ当然のことなのかもしれない。そんなジー・シンシアーズの2年半ぶりのセカンド・アルバムが、この『ラヴ・ストーリーズ』。2024年にデビュー・アルバム『シンシアリー・ユアーズ』が発売されたときにも本ブログで紹介したけれど。
今回ももちろんその延長線上の1枚。佇まいもユル〜いまま。相変わらず演奏がめちゃくちゃ達者なわけでも、歌がとびきりうまいわけでもない。でも、そういうところも含めて、たまらなくいい。スウィートで、メロウで、ちょっといかがわしくて。
ただ、バンドとしてのまとまりは前作以上かも。前作は、もともと小編成だったグループが次第にメンバーを増やしていく過程で作られたアルバムだったらしいけど、今回は最初から大所帯のアンサンブルを意識して制作されたもの。ウッドベースを導入したり、ギターの音色を工夫したり、ストリングスを加えたり。かといって、妙に洗練されすぎたり、カチッとまとまりすぎたりしていないのがうれしいところ。
アルバム・タイトルの『ラヴ・ストーリーズ』が示す通り、今回のテーマは愛。たとえば必殺のハチロク・バラード「ミニット・バイ・ミニット」とか。キニョネスがアルバム中でもとりわけ地元イーストLAらしいと語るスロウ・ダンス・ナンバーで。地元の高校の体育館で開かれるダンス・パーティーを思い起こさせるような世界が広がっている。胸キュンものだ。
ただし、単純に甘いラヴ・ソングばかりが並んでいるわけではなく。恋愛の喜びもあれば、別れの痛みもある。後悔もあれば、やり直したいという願いもある。「レッツ・フォール・イン・ラヴ(アゲイン)」は、もう一度やり直そうと訴えかける歌。けれど、ただ未練たらしく復縁を迫るばかりではなく、主人公は自分にも別れの原因があったことを認めていたり。そんなちょっとした心情の機微も面白い。
さらには家族への愛情も描かれている。「ディド・ヤ・ノウ?」はキニョネスが自分の娘のために書いた曲なのだとか。ちなみに、ジャケットに使われているのもメンバーたちの親世代の写真だという。つまり、このアルバムには彼ら自身のファミリーの過去から未来へとつながっていく、さまざまな愛の物語が詰め込まれているわけで。
そう考えると、アート・ラボーのオールディーズ番組にも象徴される、チカーノ・コミュニティの豊かな音楽文化が、今もこうして生き続けていることに改めて胸が熱くなる。しびれますよ、ほんと。



