
サッド・アンド・ビューティフル・ワールド/メイヴィス・ステイプルズ
もう、これね。すごいです。新作出すたびにいつもすごくて、本ブログでも何かと取り上げてきたメイヴィスさんですが。
今回はまたとびきりすごい。ジム・クロウ法の時代をも生き抜いてきたキャリア75年の超ベテランにして、しかし“今だからこそ歌うべきことがある”と声を上げたアルバム。静かに、でも思いきり深く、圧倒されます。
ワクサハッチー、ボン・イヴェール、ナサニエル・レイトリフ、スネイル・メイルらとの仕事でおなじみ、ブラッド・クックがプロデュース。バディ・ガイ、ボニー・レイット、ジェフ&スペンサーのトゥイーディ父子、デレク・トラックス、ケイティ・クラッチフィールド、MJレンダーマン、ジャスティン・ヴァーノンらが客演。
なんでも、クックが構想したのは、ニッティ・グリッティ・ダート・バンドがかつて世代を超えた豪華なゲストを迎えながらカントリー/ブルーグラスという“文化”と“コミュニティ”に対して最大の敬意を表明した『永遠の絆(Will the Circle Be Unbroken?)』のメイヴィス・ステイプルズ版だったらしく。メイヴィスという確固たる“文化”を世代を超えた多彩な音楽仲間とともに“コミュニティ”として祝福するアルバム。で、まさにそういう1枚に仕上がっている。
収録曲のうち、唯一の新作オリジナルは先日の来日公演でも披露されたホージアとアリソン・ラッセルの共作曲「ヒューマン・マインド」。あとはスパークルホースの表題曲をはじめ、トム・ウェイツの「シカゴ」、ギリアン・ウェルチの「ハード・タイムズ」、フランク・オーシャンの「ゴッドスピード」、ポーター・ワゴナーなどでおなじみのカントリー・ゴスペル「ア・サティスファイド・マインド」、ケヴィン・モービーの「ビューティフル・ストレンジャーズ」、カーティス・メイフィールドの「ウィー・ガット・トゥ・ハヴ・ピース」、レナード・コーエンの「アンセム」、エディ・ヒントンの「エヴリバディ・ニーズ・ラヴ」。
新旧、ジャンル、有名無名、すべての壁をぶっちぎった選曲にしびれるばかり。冒頭を飾る「シカゴ」から、もういきなり先制パンチだ。これはトム・ウェイツが20世紀前半、アフリカ系アメリカ人が極悪な人種差別から逃れるために米南部から北部の都市部へと大挙移住した史実を背景に書いた曲で。それを、実際に家族が体験しているメイヴィスさんと、シカゴ・ブルースの巨星、バディ・ガイと、その伝統を今の時代へと受け継ぐデレク・トラックスが綴るのだから。もうやばい。
米音楽誌『MOJO』のレビューで本作は5つ星を獲得していて。そこに素晴らしい一文があった。ざっくり訳しておくと——
“彼女の世代は消えつつあるかもしれない。が、ステイプルズは、“共感”を知る最後の人間ではないし、彼女自身が懸念しているように、“われわれ世代の最後”になることもない。彼女の力強い歌声には、まだこれからもアルバムを生み出すだけのエネルギーが感じられる。しかし、彼女が私たちに伝えようとしているメッセージは、もう無駄にする時間はない、正しいことを今すぐやらなければ、ということだ。物事がうまくいくようただ祈るだけではなく、メイヴィスのようにあれ”
長い長いキャリアを通じて、常に強いメッセージを放ち続けてきたメイヴィスの現在がこのアルバムにすべて記されている。メイヴィスさんのようにありたいです。




