Disc Review

One Hand Clapping / Paul McCartney & Wings (Capitol/MPL Communications)

ワン・ハンド・クラッピング/ポール・マッカートニー&ウイングス

ポール・マッカートニーのファンは先週末からこればっかり聞いてるのでは? ぼくもこればっかりです。ついにオフィシャル盤として世に出た『ワン・ハンド・クラッピング』。

まあ、ボブ・ディランの『ロイヤル・アルバート・ホール』とか『ベースメント・テープス』とか、ビーチ・ボーイズの『スマイル』とか『アダルト・チャイルド』とか、ベック・ボガート&アピスのセカンド・アルバムとか、プリンスの『ブラック・アルバム』とかと同じく、大方のファンはオフィシャル音源が世に出る前に、何らかのブートレッグ音源で耳にしていたものだろうとは思う。

ポール・マッカートニー&ウイングスが1974年8月、英ロンドンのEMIスタジオ(アビー・ロード・スタジオ)で行なったスタジオ・ライヴの模様を収めたもので。デヴィッド・リッチフィールド監督がスタジオ内にカメラを持ち込み、テレビ放映を見据えて撮影/録音したドキュメンタリー。が、なぜだか当時はお蔵入り。様々な形で流出した音源や映像がブートレッグとして市場に出回り、ぼくたちはそれらを必死に集めてはちまちま楽しんできたわけですが。

2010年にポールの“アーカイヴ・コレクション”シリーズ第1弾として出た『バンド・オン・ザ・ラン』のボックスセットに映像15曲、音源6曲が収められたときはうれしかった。全貌というわけではなかったけれど、伝説のスタジオ・ライヴの模様がついにオフィシャルな形で世に出たのだから。その後もいくつかの“アーカイヴ・コレクション”で数曲ずつ小出しにされてきて。

でもって今回、ついにカメラが回っていない環境で演奏された音源の録音まで含めて、ほぼ全音源がオフィシャル・リリースされたのだから。こりゃ盛り上がるしかないです。

ちなみに、ファンにはもうおなじみの話だと思うけれど。この“ワン・ハンド・クラッピング”というアルバム・タイトル——

“両掌(りょうしょう)相打って音声(おんじょう)あり、隻手(せきしゅ)に何の音声かある”

という、江戸時代中期の禅僧、白隠和尚が修行僧に投げかけた問いから採られていて。要するに、“両手を打つと音がする。では、片手だとどんな音がするか?”と。そういう禅問答。音なき音、みたいな? よくわかりませんが。そんなタイトルつけちゃったから世に出ず終わっていたんじゃないの? とか思ったりもするのだけど(笑)。

何はともあれ、今回その“ほぼ全貌”がようやくちゃんとした形で出たわけです。1973年、アルバム『バンド・オン・ザ・ラン』の録音直前、ヘンリー・マカロック(ギター)とデニー・シーウェル(ドラム)が突如脱退。ポール&リンダのマッカートニー夫妻とデニー・レインという3人編成になってしまったウイングスが、改めて体勢を立て直そうと、ジミー・マカロック(ギター)とジェフ・ブリトン(ドラム)を迎え入れた時期の記録。

どの時期のウイングスが好きかというのはファンの間で諸説あるわけですが。ぼくの場合は、たぶん多くのファンのみなさんと同様、この直後、ドラマーがジョー・イングリッシュに替わった時期、アルバムで言うと『ヴィーナス・アンド・マース』の制作途中から『スピード・オブ・サウンド』『ウイングス・オーヴァー・アメリカ』『ロンドン・タウン』へと至る1975〜1978年あたりのウイングスが大好きなもんで。

まさにそうした鉄壁の布陣が完成する直前、バンドとしてのまとまりが右肩上がりで堅固なものになりつつあったころの勢いが感じられることで、この『ワン・ハンド・クラッピング』、ずっと興味深く接してきたブート音源だった。

先述した『バンド・オン・ザ・ラン』のアーカイヴ・シリーズが出たとき、ポールに電話インタビューすることができて。そのときのやりとりを引用しておくと——

――今回DVDに収録された『ワン・ハンド・クラッピング』でも話していた通り、あなたは本当にバンド活動がお好きなようですね。『バンド・オン・ザ・ラン』のときも、ソロ名義でレコーディングすることだってできたはずなのに、メンバーがいなくなってもウイングスとしてアルバムを制作/発売。あくまでもバンドにこだわっていたように思えます。それはなぜですか。

「君が言うように、ぼくは仲間たちと一緒にバンドとして活動するのが好きなんだ。あのときも、メンバーは少なくなっていたけど、ウイングスであることに変わりはなかったからね。縮小版のウイングスってところかな。ぼくらはずっとウイングスという名前で活動してきていたから、ウイングスという名前で出したかったんだ。残念なことに2人のメンバーはアフリカに行くのがいやで辞めてしまったけどね。あいつら、怖気づいちゃってさ、ほんとにチキンな奴らだったよ(笑)」

――現在のあなたのツアー・バンドは、ビートルズの曲もウイングスの曲も実に的確に演奏してみせる理想的なバンドだと思いますが…。

「どうもありがとう」

――それでも今のバンドにはない、ウイングスならではの良さというものがあったと思います。そのあたりについてはどうお考えですか。

「ウイングスの良さ、もしくは最大の特徴はリンダの存在だ」

――確かにコーラスなどでリンダの声が聞こえると、ああ、ウイングスだなぁという感じがします。

「そうなんだ。初期のころはまだバンドとしてもリハーサル不足で、特にリンダは素人同然だった。でも、バンド活動を続けていくにつれて、楽器も歌も上達していったんだ。ステージ上でも、だんだん存在感を増していって素晴らしいミュージシャンに育っていったよ。そしてリンダはウイングスに欠かせないメンバーになっていた。だから、他のバンドにはない、ウイングスならではの魅力はリンダなんだ」

『ワン・ハンド・クラッピング』という作品は、そうしたウイングスの魅力とか、ポールのバンドに対する熱意とか、そういったものを改めて思い知ることができる作品だと思う。

ちなみに、そのインタビューの際、『ワン・ハンド・クラッピング』がオフィシャルな形でリリースされなかった理由についても訊いてみた。ポールは笑いながら、こう答えてくれた。

「なぜだろう(笑)。当時、たぶん出来に満足していなかったか、誰もリリースしたがらなかったか…。よく覚えていないんだけど、そういう理由だと思う。でも改めて見てみたら、なかなかいいんだよね(笑)」

既出の音源も含めて、今回すべて新ミックス。カメラが回っていないところで録音された未発表トラックもディスク2にふんだんに追加されている。かなりテキトーにではあるけれど、ウイングス作品のみならず、「レット・イット・ビー」とか「ロング・アンド・ワインディング・ロード」とか「レディ・マドンナ」とか、そんなのも歌ってる。

『マッカートニー』のアーカイヴ・コレクション(2011年)に収められて初めて公式に世に出たポールの有名な未発表曲「スーイサイド」はいろんな機会に演奏されていて。1970年のデモ音源に加えて、『ワン・ハンド・クラッピング』で歌われたときの映像もそこには収められていたのだけれど。今回は、んー、なぜだろう、タイトルがひっかかったのかな、収録されませんでした。13年経つといろいろ状況も変わるのかな。

2CD、2LP、両セットあり。当時この映像作品をテレビ局に売り込むために制作されたパンフレットのレプリカなども付いていて楽しい。予約で速攻ソールドアウトになってしまったWEBストア限定LP2枚組には、ブートレッグ界で“バックヤード・テープス”としておなじみ、撮影最終日にスタジオの裏庭で行なわれたラフなセッション音源のうち6曲(未発表曲「ブラックプール」の他、ビートルズ・ナンバーや、エディ・コクラン、バディ・ホリーのカヴァーなども含む)が入った7インチも付いてました。

さあ、これをサカナに、水曜日、19日にはCRT『ポール・マッカートニー&ウイングス Night〜羊に翼』で盛り上がりますよ!

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