Disc Review

Deeper Well / Kacey Musgraves (Interscope Records/MCA Nashville)

ディーパー・ウェル/ケイシー・マスグレイヴス

ぼくが体調を壊して、こんなことじゃいかん! と、毎日ウォーキングをするようになったのが2017年のこと。で、歩きながら、次々ストリーミングされるニュー・リリースをスマホであれこれ聞くというのが日々の日課になったのだけれど。

2018年の春、ぼくのウォーキングのおともになってくれたのがこの人、ケイシー・マスグレイヴスの4作目のアルバム『ゴールデン・アワー』だった。まあ、この人、ナッシュヴィルを拠点に活動するシンガー・ソングライターだから。当然、カントリーの分野で語られることが多いわけですが。でも『ゴールデン・アワー』は、シャーデーとドリー・パートン、どちらも大好きという彼女の振り幅がいい感じに活かされた仕上がりで。

「バタフライズ」とか「ワンダー・ウーマン」とか、ほんとよく聞いたなぁ。本ブログを本格的に再開したのが2019年のことなので、ブログ上であのアルバムに触れたことはなかったものの。大好きな1枚だった。

ケイシーはその後、2019年暮れにクリスマスTVショーのサントラ・アルバムを出して、さらに2021年、5作目の『スター・クロスド』を出して。これも紹介しそびれたけど、素敵な1枚だった。ちょっと音像的にエレクトロニック方面へ寄りすぎな印象もあったけれど、相変わらずフォーク、ソフト・ロック、オルタナ・ロック、R&Bなど多彩な影響をたたえた音楽性を披露してくれていて。メロウでちょっぴりサイケなポップ・カントリー・アルバムって感じ? 

『ゴールデン・アワー』も『スター・クロスド』もイアン・フィッチュクとダニエル・タシアンが共同プロデュースしていて。曲作りにも協力。チームとしていい働きをしていた。で、今回もマスグレイヴス、フィッチュク、タシアンというトリオでの新作。音作り的には再び『ゴールデン・アワー』にも通じるアコースティカルな方向に戻して。往年のローレル・キャニオンの風景を想起させるケイシーの歌声を魅力的に輝かせてくれている。

ケイシーはかつてグリニッジ・ヴィレッジで生まれた豊かな音楽的遺産に大きく影響されているということで、今回のレコーディングの大半はニューヨークのエレクトリック・レディ・スタジオで行なわれたらしい。伝説のスタジオならではの魔力みたいなものも味方に付けた仕上がりかも。

ケイシーが宇宙大好きということはよく知られていて。“スペース・ケイシー”なんてニックネームもあるくらい。で、今回も彼女にとってサターン・リターン、つまり土星回帰の年に大きな変化があったとかなんとか、そういうホロスコープ的なものが描かれていて。まあ、ぼくのようにそっち方面にまったく知識のない者にはさっぱりわからない言葉がいろいろ並んでいるようなのだけれど。

細かいことはわからないなりに、彼女が今、自らの内省に問いかけを投げかけながら新しい一歩に向けて足を踏み出そうとしている感じは伝わってくる。人生の岐路、かつて惹かれていたものに魅力を感じなくなり、風向きが変わったことを感じて、足下を見つめ直しながら新たな洞察と深い愛を求めてどこか別の居場所へ…みたいな。

ベッドルームに射し込む陽光とか、壁のペンキの乾き具合とか、当たり前の光景に何か神聖なメッセージを見つけるケイシーさんの感受性のようなものが穏やかに盤面に揺らぐ、そんな1枚。2018年のとき同様、これからやってくる春のお散歩をいい感じにうきうきさせてくれそうな。そんな予感がうれしいです。

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