Disc Review

I’ll Cry If I Want To / Lesley Gore (1963) (Mercury/UMG Recordings)

アイル・クライ・イフ・アイ・ウォント・トゥ/レズリー・ゴア

年が明けて、だいぶ2024年リリースの新作も出揃ってきたので、そろそろ新作をレビューしようかなと思っていくつか候補作をピックアップしていたのだけれど。

ちょっと今日も寄り道的なエントリー。

というのも、1月13日付けの米ビルボード誌のTikTok Top 50チャートを見てぶっとんだもんで。なんと先週の同チャート3位に初登場してきたレズリー・ゴアの「ミスティ」が今週もまた30万回以上のオンデマンド・ストリームを重ねて、ついに1位に輝いてしまったでありました。

「ミスティ」ってのは、もちろんあの「ミスティ」。1954年にジャズ・ピアニスト、エロール・ガーナーが作ったあの超名曲です。これまで新曲がランクされがちな全米TikTokチャートの1位に輝いたいちばん古い曲はマライア・キャリーの「恋人たちのクリスマス(All I Want for Christmas Is You)」(1994年)だったらしいけど、一気にその40年前、1954年に作られた曲がトップの座に輝くことになったわけだ。

もともとはインスト曲だけれど、後にジョニー・バークが歌詞を付け、多くのジャズ・シンガーたちがレパートリーに採り入れたことでもおなじみ。ポップス・ファンには1959年全米12位にランクしたジョニー・マティスによるヴォーカル・ヴァージョンがいちばん愛されているかも。そうそう。あのレイヴェイちゃんも去年のニュー・アルバム『ビウィッチド』でカヴァーしていたっけ。初来日公演でも歌ってました。

ところが、不思議なことに今回TikTokチャートを征したのは、ジョニー・マティスでもなく、レイヴェイでもなく、エラ・フィッツジェラルドでもなく、フランク・シナトラでもなく、「涙のバースデイ・パーティ(It’s My Party)」の大ヒットで知られるティーンエイジ・ガール・ポップ畑のレズリー・ゴアのヴァージョン。「涙の…」を含む1963年のファースト・アルバム『アイル・クライ・イフ・アイ・ウォント・トゥ』に収められていたものなのだ。こっちにしたって今から60年以上前のヴァージョン。びっくりです。

ぼくはTikTokをまったくチェックしていないので詳細は知らないのだけれど。なんでも、ユーザーがビフォー〜アフターみたいな形で、プレーンな状態から、メガネをかけるとか、髪型が変わるとか、好きな持ち物を持つとか、多彩な変身動画投稿のバックにこのレズリー・ゴア・ヴァージョンの「ミスティ」が流れる…と。そういうトレンドが去年の暮れあたりから巻き起こっているみたいで。冒頭の“♪ルック・アット・ミー…”という歌詞が効果的に使われているってことなのかな。

ちなみにこのレズリー・ゴア・ヴァージョン、プロデュースはクインシー・ジョーンズ、アレンジはクラウス・オガーマンという布陣で制作されたものながら、いかにもジャズジャズしていない、ポップでキュートな仕上がりで。その感触がTikTokというプラットフォームにうまくマッチしたのかも。ということで、せっかくの機会でもありますから。このチャンスに初期レズリー・ゴアの魅力を再確認しましょう。

ビーチ・ボーイズが1965年にリリースした「ニューヨークの娘(The Girl From New York City)」って曲があって。真夏のロサンゼルスのビーチへと降り立ったニューヨークの女の子ふたりに、地元カリフォルニアの男の子たちはまったく歯が立たない…という歌詞の曲なのだけれど。そのモデルになったのがレズリー・ゴア。あのころ、彼女は間違いなく当時黄金期を迎えていたアメリカン・ティーンエイジ・ポップスの象徴だった。

後年は自らレズビアンであるとカミングアウト。LGBTQをサポートする活動にも熱心に関わるようになった。2015年に他界する前、彼女にとって最後の大仕事となったのは亡くなる前年にオンエアされたLGBTQ向けのテレビ番組『イン・マイ・ライフ』のゲスト司会者としてのものだった。

デビュー当時、男の子とのあれこれを元気いっぱいに10代らしく歌いながらも、どこか冷めた、クールなたたずまいを感じさせた独特の魅力の源泉はそんな彼女の内省奥深くに潜んでいたのかもしれない。

いずれにせよ、レズリー・ゴアの汲めど尽きない魅力を再訪する絶好の機会です。彼女の珠玉のファースト・アルバム、特に新譜ってわけではないけれどサブスクもあるから、今改めて聞き直してみるのも楽しいかも。

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