セイル・オン・セイラー1972 (6CD)/ビーチ・ボーイズ
またまた個人的な思い出話で恐縮ですが。
ぼくがビーチ・ボーイズのアルバムを初めて買ったのは1969年のこと。『20/20』って作品だった。中学生時代。それで思いきりハマって。以降、高校時代にかけて、あれこれ旧譜を手探りで掘り起こすのと並行して、『サンフラワー』(1970年)、『サーフズ・アップ』(1971年)と彼らの新作を聞き進めていき。で、1972年。ちょうど50年前。当時の新作アルバム『カール&ザ・パッションズ〜ソー・タフ』を手に入れたのだった。
ビーチ・ボーイズといえば、まあ、ブライアン・ウィルソンなわけだけれど。ぼくがハマったこの時期は、ご存じの通り、ブライアンは肉体的にも精神的にも壊れちゃっていて。かつてのように活発に曲作りできる状態ではなく。そのぶん、他のメンバーががんばってビーチ・ボーイズを支えていた。ぼくがビーチ・ボーイズにハマったのはまさにそんな時代。ちょっと微妙だった。
でも、おかげでビーチ・ボーイズをブライアンの存在と必要以上に同一視することなく、より幅広い視点から楽しめたのも事実。もちろんそんな迷走時代だっただけに、この時期、ビーチ・ボーイズの人気は本当にどん底で。学校でビーチ・ボーイズ聞いてる友だちなど誰ひとりいなかった。けど、そんな不遇感というか、孤独感というか、そういったものもまた彼らへの愛をひときわ増幅してくれたものだ。あー、50年前かぁ…。懐かしいな。
と、そんな『カール&ザ・パッションズ〜ソー・タフ』と、翌1973年に出た『オランダ』をメイン・テーマに据えた興味深いアンソロジー・ボックスが、今日ご紹介する『セイル・オン・セイラー1972』だ。これまた50周年企画っすね。50周年ってすごいことなんだけど、こうまで次々出てくると慣れちゃって、だんだん感動も薄れてくるような…(笑)。慣れなの? ナメなの? 的な。
『カール&ザ・パッションズ〜ソー・タフ』と『オランダ』の収録曲と、それらのレコーディング・セッションからのアウトテイクや、別ミックス、デモ、シングル・ミックスなど貴重な未発表スタジオ音源、および1973年に出た2枚組ライヴ盤『ザ・ビーチ・ボーイズ・イン・コンサート』が収録されたのと同じ北米ツアーの一環として1972年11月23日に行なわれたニューヨーク・カーネギー・ホール公演での未発表ライヴ音源などで構成された力作だ。当初『オランダ』に収録予定だったものの、帰国後差し替えられてしまった曲なども聞くことができる。1973年以降のコンサートで披露された『カール&ザ・パッションズ〜ソー・タフ』『オランダ』関連楽曲の未発表ライヴも含まれている。
今回また改めて『カール&ザ・パッションズ〜ソー・タフ』と『オランダ』を聞き直してみて。この2作、ビーチ・ボーイズ・ヒストリーにおいて、まじ、異色だったなーとしみじみ思った。
特に『カール&ザ・パッションズ』。ブルース・ジョンストンの脱退を受け、当時ブライアンに代わってバンドのプロデューサー的な役割をつとめていた弟、カール・ウィルソンの提案でブロンディ・チャップリンとリッキー・ファターという新メンバーを迎え入れ、一気にサウンドの幅を広げた1枚。
ブライアンが曲作りに絡んだのは、タック・ピアノ、バンジョー、フィドルなどを導入したルーズでファンキーな「ユー・ニード・ア・メス・オヴ・ヘルプ・トゥ・スタンド・アローン」と、1960年代半ばの未発表曲「オール・ドレスト・アップ・フォー・スクール」を発展させたブライアン流サイケ・ポップという感じの「マーセラ」の2曲だけで。
もっとも目立ったのは、新メンバー二人が共作したファンキーかつジャジーな「ヒア・シー・カムズ」と、ルーツ・ロック風味漂う「ホールド・オン・ディア・ブラザー」か。当然、従来のビーチ・ボーイズ色はなかったけれど、それらをアルバム中わりと目立つ位置に置いたところにプロデューサー、カールの意図を強く感じる。
さらにアル・ジャーディンとマイク・ラヴが共作した「ヒー・カム・ダウン」と「オール・ジス・イズ・ザット」の2曲はどちらも当時彼らがご執心だったマハリシ・ヨギのTM(超越瞑想)讃歌。前者は真っ向からTM版ゴスペルといった感じ。音楽的にはなかなかかっこいい。曲作りにカールも加わった後者はより一般的な神への愛の歌に昇華した名曲だ。結成50周年記念のリユニオン来日の際にも披露されて、けっこう泣けた。
でも、『カール&ザ・パッションズ〜ソー・タフ』でもっとも堂々たる存在感を発揮したのは「メイク・イット・グッド」と「カドル・アップ」を提供したデニス・ウィルソンだろう。特に「カドル・アップ」。間奏のピアノに続いて登場するダリル・ドラゴン(キャプテン&テニールのキャプテン)編曲の壮麗なストリングスとビーチ・ボーイズならではのコーラスが織りなす美しさときたら…。高校から帰ってきて、部屋の窓から夕焼けを見ながらこの曲を聞いたとき、なんだか胸が熱くなって涙がこみ上げてきたことがあったっけ。ああ、これもまた異常に懐かしい。随所にクラシック音楽からの影響も聞き取れる祈りにも似たこの名曲は、1977年にデニスが発表する傑作ソロ『パシフィック・オーシャン・ブルー』への、あまりにも美しい予告編だった。
もちろん今回のボックスセットの表題曲「セイル・オン・セイラー」などを含む『オランダ』も、ビーチ・ボーイズ・ヒストリーにおいては異色作ながら、いろいろな試行錯誤が詰め込まれた意欲作。これについて語り出したらまた止まらなくなりそうなのでこの辺にしておきますが(笑)。
この『セイル・オン・セイラー1972』、2枚のオリジナル・アルバム収録曲に加えてボーナス22トラック追加のお手軽なCD2枚組エディションと、未発表音源80曲を含むマニアックなCD6枚組ボックスとがあります。国内盤には当時のビーチ・ボーイズの状況などをざっくり振り返ったライナーノーツを、不肖ハギワラ、寄せさせていただきました。機会があったら目を通してみてください。6枚組の国内盤は12月23日発売になっちゃったみたいだけど。
5LP+1EPとか、2LP+1EPとか、他にもいろいろあります。でも、この年末、もうおサイフ的にタマ切れですよ。ポール・マッカートニーの7インチ80枚組シングル・ボックスとか、絶対にあり得ないわ…。サブスクで我慢するのだー!