Disc Review

Harmony / Bill Frisell (Blue Note)

ハーモニー/ビル・フリゼール

ブルーノート・レーベルに移籍しての初リーダー作だ。

既存の価値観とか方法論とかジャンルとか、そうしたすべてから解き放たれながら、独特のまろやかなトーンで、まるで歌うように、自在に、奔放に、空間を舞うこの人のギターは本当に芸術的だ。宝物のよう。多彩な魔力が詰まっている。

今年の6月の来日公演でもそんな魔力を存分に味わえた。盟友トーマス・モーガン(ベース)とルディ・ロイストン(ドラム)とともにステージに姿を現わしたフリゼールが、ビグズビーのトレモロアームを装着した愛器テレキャスターで慈しむように最初の1音を奏で、続いてもうひとつ音をそこに重ねた瞬間、世界が一気に動き出す。モーガンとロイストンも即座に反応し、繊細なアンサンブルがぼくたち聞き手をゆったりと包み込む。

放っておくとジャズ・ギタリストという肩書きに区分けされることが多いフリゼールながら、この人のパフォーマンスに接すると、ソロのインプロヴィゼーションがどうとか、グルーヴの解釈がどうとか、通常のジャズを取り巻くそうしたありきたりの価値観だけではその真価を評価しきれないかも…と感じてしまう。そういう“個人技”的な側面ではなく、全体のユニークなアンサンブルにこそ、この人からの大いなるメッセージがあるのかも、と。

で、今回の『ハーモニー』。アルバム・タイトルからもわかる通り、まさにそうしたテーマを前面に押し立てた1枚だ。参加メンバーは、フリゼールのギターのほか、このところ機会があるたび共演しているペトラ・ヘイデン(ヴォーカル)、ハンク・ロバーツ(チェロ、ヴォーカル)、ルーク・バーグマン(バリトン・ギター、アコースティック・ギター、ベース、ヴォーカル)。フリゼール以外、全員ががっつり歌えるということもあって、なんと彼らのコーラス・ハーモニーをこの新プロジェクトのシグネチャー・サウンドとして提示してみせた。面白い人だなぁ、フリゼール。

プロデュースはリー・タウンゼンド。オレゴン州ポートランドにあるタッカー・マーティンのスタジオ、フローラ・レコーディング&プレイバックで録音された。全14曲中、8曲がフリゼールのオリジナルだ。ジュリー・ミラーを作詞に迎えた作品が1曲。さらに、かつてエルヴィス・コステロとの共演アルバムのタイトル・チューンとして共作した「ディープ・デッド・ブルー」も再演している。

残る6曲がフォークやトラディショナルやジャズのカヴァーだ。「君住む街角」とか「ラッシュ・ライフ」のようなジャズ・スタンダードから、トラディショナルの「レッド・リヴァー・ヴァリー」やピート・シーガーの「花はどこへ行った」、フォスターの「ハード・タイムズ」、さらにペトラの父親である故チャーリー・ヘイデンの旧作から「ゼア・イン・ア・ドリーム」まで。

自作曲も含めてフリゼールのアメリカーナ的側面が強調された仕上がりではある。が、アレンジ的には、もちろんわりとストレートな解釈もあるとはいえ、かなり深いところで根本を揺るがすような解釈もあって。実に面白い。

どの曲も基本的にフリゼールがコード・ワーク中心に奏でるギターとコーラス・ハーモニーのみのアンサンブルで構成されている。歌詞のない曲もあるが、そういう曲でもアンサンブルを構成しているのはギターと“ラララ…”あるいは“ウーアー…”で歌われるコーラスだ。もしかすると、自分ではうまく歌えないぶん、フリゼールはギターでコーラスに参加している、みたいな感覚なのかも。

なので、ありがちなギター・ソロなどは皆無。ちょっとだけ、あの印象的な単音でメロディを弾いたりする局面もなくはないけれど、あくまでも主眼はそこにあらずってことだ。ちなみに、「レッド・リヴァー・ヴァリー」に至ってはコーラスのみでギターはいっさい出てきません(笑)。おいおい。

ひたすら深く、美しく、でもけっして気は抜けない、何か張り詰めたものが全編を貫く透徹した世界観。まじ、素晴らしいです。ジャズ・ギタリストの新作として聞こうとすると思い切り肩透かしを食らうかもしれないけれど、これもまた間違いなくビル・フリゼールの魔力に満ちた1枚だ。

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