アップ・アンド・ローリング/ノース・ミシシッピ・オールスターズ
21世紀のサザン・ロック・シーンを牽引する男、ルーサー・ディッキンソン。1973年、テネシー州メンフィス生まれ。父親は必殺のサザン/スワンプ感覚が爆発する名ソロ・アルバム『ディキシー・フライド』でもおなじみ、プロデューサー/セッション・ミュージシャンとして数多の名盤制作に関わってきたジム・ディッキンソンだ。1985年に一家で北ミシシッピへ。1996年からは弟のコディとともにノース・ミシシッピ・オールスターズを結成して、父親ゆずりの南部ブルース/ロックの伝統を守り続けている。
ノース・ミシシッピ・オールスターズとしてだけでなく、ブラック・クロウズのメンバーとして途中加入したり、ロバート・ランドルフと“ザ・ワード”なるゴスペル・ユニットを結成したり、ジョン・スペンサーと“スペンサー・ディッキンソン”としてオルタナな活動をしたり、以前ここでご紹介したようにコリン・リンデンとタッグを組んでみたり…。
と、相変わらず多彩な動きを見せ続けているルーサーが、一昨年のアルバム『プレイヤー・フォー・ピース』以来となるノース・ミシシッピ・オールスターズの新作を完成させた。たぶんスタジオ・アルバムとしては10作目。節目となる1枚は、自らのルーツを改めて見つめ直した力作に仕上がった。
彼らがノース・ミシシッピ・オールスターズとして活動を開始するほんの少し前、1996年にテキサスの写真家、ワイアット・マクスパッデンがミシシッピへとやってきて地元のミュージシャンたちを撮影したことがあったのだそうだ。その際、ルーサーとコディが案内役となって、近隣の偉大な先達ブルースマンたちのところへマクスパッデンを連れて行った。ファイフ(横笛)の使い手として知られるオサー・ターナーをはじめ、ご存じR.L.バーンサイドやジュニア・キンブロウ…。
農場のポーチで、あるいはライヴ・クラブのステージで、ディッキンソン兄弟は敬愛する大御所たちとセッション。その様子をマクスパッデンはさりげなく、静かにカメラで記録した。素晴らしいショットがたくさん撮られたらしいが、直後からディッキンソン兄弟がバンドとして活発な活動を始め、あまり地元に居着けなくなったこともあり、誰もがその写真の存在を忘れてしまっていたのだという。
時は流れ、ノース・ミシシッピ・オールスターズとして各地をツアーして回るうちに、地元ではかつて共演した偉大な先達がひとり、またひとりと亡くなっていった。父親、ジム・ディッキンソンも2009年に他界。大切なものがどんどん失われていった。が、そんな中、2017年になってし、ワイアット・マクスパッデンがかつてノース・ミシシッピで撮影した写真を再発見。それらを携えてディッキンソン兄弟のもとへやってきた。
その膨大な写真を見て、兄弟は自分たちの音楽を作り上げてくれたすべてがそこにあると感じたのだとか。その気持ちを、今、改めて盤面に記録したいという情熱が、今回の新作『アップ・アンド・ローリング』へとつながった。基本編成は——ルーサーがギターとヴォーカル。コディがドラム、キーボード、そしてちょこっとヴォーカルとベース。アンダース・オズボーンやシリル・ネヴィルらとも活動するカール・ダフリーンがベース。シャリース・ノーマンがバック・ヴォーカル。オサー・ターナーの孫娘にあたるシャーデー・トーマスも祖父ゆずりのファイフとヴォーカルで、準メンバー的に参加。そこに適材適所、素晴らしいゲストが加わる。
マクスパッデンが撮影に訪れた1996年、ルーサーがオサー翁とジャムりながら作ったという「コール・ザット・ゴーン」でアルバムは幕開け。もちろん、孫娘シャーデーがブルース/ヒル・カントリーの伝統をしっかり継承した魅力的な歌声でデュエットを聞かせている。かつて1997年、ノース・ミシシッピ・オールスターズがR.L.バーンサイドとジョイント・ツアーした際のハイライト・ナンバーのひとつだった「アウト・オン・ザ・ロード」を、R.L.の孫、セドリック・バーンサイドが歌っていたりもする。
さらに、父親であるジム・ディッキンソンがレコーディングに関わったデレク&ザ・ドノミスの“レイラ・セッション”でもカヴァーされていたリトル・ウォルターの「ミーン・オールド・ワールド」も取り上げていて。そこにはジェイソン・イズベルと、オールマン・ブラザーズ・バンドのディッキー・ベッツの息子であるデュエイン・ベッツがゲスト参加。ステイプル・シンガーズの「ホワット・ユー・ゴナ・ドゥ」のカヴァーには本家、メイヴィス・ステイプルズが…!
オリジナル曲はもちろん、そんなふうにカヴァー曲にもなかなか魅力的な脈絡が感じられて。ぐっとくる。R.L.バーンサイドの「ピーチズ」、ジュニア・キンブロウの「ロンサム・イン・マイ・ホーム」、さらにブルース・ピアニストとしてもおなじみのジョージア・トムことトーマス・A・ドーシー作のゴスペル・スタンダード「テイク・マイ・ハンド、プレシャス・ロード」あたりも的確な選曲。ラストはオサー・ターナーとルーサーが1996年に録音した短い音源で締め。
前作で共同作業していたウィリー・ミッチェルの息子、ブー・ミッチェルが曲作りに絡んだ作品もある。その辺の人脈も含めて、なんというか、米国の財産とも言うべき伝統的なルーツ・ミュージックを今の時代に受け継ごうという意識的な息子世代、孫世代ががんばっている感じで。なんだかうれしい。頼もしい。
ストリーミングで音だけ聞くのもいいけれど、ワイアット・マクスパッデンの貴重な写真満載のブックレットが楽しめるフィジカルのほうがおすすめかも。理想はアナログ盤だけれど、LPは収録曲数がCDよりちょっと少ないです。ご注意を。