ノースイースト・コリドー:スティーリー・ダン・ライヴ!+ナイトフライ:ライヴ/スティーリー・ダン・バンド
その昔、1970年代にスティーリー・ダンをワクワク聞いていたころ、特に『幻想の摩天楼(The Royal Scam)』以降、ドナルド・フェイゲンとウォルター・ベッカーの二人を核に、腕利きセッション・ミュージシャンたちを積極的に起用し、従来のバンド的な在り方から大きく逸脱した音作りを展開するようになった時期の作品群をレコードで楽しみながら、こんなの生演奏できるわけないよなぁ、屈強のレコーディング・バンドだなぁ…とか、まじで思っていたものだ。
それだけに、1994年の初来日公演とか。ほんとぶっとんだ。驚愕した。生で完璧に“あの”アンサンブルを再現できてんじゃん! と。ポール・マッカートニーの『アビー・ロード』メドレーの再現とか、ブライアン・ウィルソンの『ペット・サウンズ』再現とか、いろいろ驚愕のライヴを体験してきたけれど、スティーリー・ダンもそのひとつだった。ミュージシャンたちの技量だけでなく、コンサートにおけるテクノロジーの飛躍的な発展も大きな要因だとは思うけれど。それにしても驚いた。
ドナルド・フェイゲンとか、自分の歌声にあまり自信がないみたいな話も耳にしていたから、絶対スタジオにこもるほうが好きな内弁慶系ミュージシャンだと思い込んでいたのに。けっこうノリノリでがっつりパフォーマンスしていたので、なんだか意外だった。うれしかった。そういえば10年くらい前、ボズ・スキャッグスとマイケル・マクドナルドと一緒にやってきたときのフェイゲンもすごかったな。はりきってラジオDJ調のMCをぶちかましたり。けっこうそういうのも好きなんだね、この人。
ご存じの通り、ウォルター・ベッカーが2017年9月に他界。残されたドナルド・フェイゲンはその後どうするんだろうと思っていたら。フェイゲンは止まらなかった。あとは俺がひとりで担っていく! とばかり、改めて“スティーリー・ダン・バンド”を編成。変わらず活発なツアー活動を継続していった。
2019年のツアーでは往年の名盤の全曲演奏ライヴも敢行。特に5〜6夜にわたって長期滞在することになったニューヨークのビーコン・シアターやボストンのオルフェウム・シアターでは、日替わりでスティーリー・ダンの傑作群『幻想の摩天楼』『彩(エイジャ)』『ガウチョ』、そしてフェイゲンのソロ作『ナイトフライ』の各アルバム全曲パフォーマンス、および人気曲をフィーチャーした“グレイテスト・ヒッツ”ナイト、あるいはファンの人気投票を元に選曲された“ポピュラー・デマンド”ナイトを披露した。
その他、このツアーではアンカスヴィルのモヒガン・サン・アリーナとかフィラデルフィアのザ・メットとかも訪れて公演しているのだけれど、それら各地で録音された音源を縦横に駆使して構成されたのが今回出たライヴ盤2種だ。
タイトルを見ればわかる通り、ひとつがスティーリー・ダンのグレイテスト・ヒッツ系、そしてもうひとつがドナルド・フェイゲンの『ナイトフライ』全曲演奏もの。クールで、ファンキーで、適度にポップで、適度に難解。フェイゲン/スティーリー・ダンならではの完璧な音世界が今回も見事にライヴで再現されている。ジョン・ヘリントン(ギター)、コナー・ケネディ(ギター)、フレディ・ワシントン(ベース)、キース・カーロック(ドラム)、ジム・ベアード(キーボード)らにホーン・セクションと女性コーラス、そしてフェイゲン本人が加わった編成。
完璧すぎて、レコード聞いてるのと変わらないじゃん、という気分にすらなるけれど(笑)。細かいところの詰めが新たに編み直されていたり、グルーヴがより研ぎ澄まされていたり、新鮮なフレーズがさりげなく盛り込まれていたり、各楽器のソロがきっちり今どきっぽかったり、フェイゲンのヴォーカルも年齢とともに“太さ”を増していたり、けっこういきいきとしたフェイクをかましていたり…。油断ならない。リズム・セクションはもちろん、ホーン、コーラス含めバンドっぽい一体感もレコード以上だ。
誰にも真似できない、というか、真似したとたんに“あ、スティーリー・ダン、パクったでしょ”と言われてしまうに違いない無敵の和声と、ユニークなシンコペーションを交えたファンキーなリズム・パターンと、時折挿入されるビ・バップっぽいリフと、テンション当たりまくりのコーラスと、スモーキーな歌声と、解読困難ながら妙になまめかしい歌詞と…。それらを生で思いきり堪能できます。
フェイゲン&スティーリー・ダン・バンドは10月5日のマイアミ公演を皮切りに全米15都市で28回のコンサートを行なう“アブソルートリー・ノーマル・ツアー’21”に乗り出す予定。それに向けての前煽り的リリースってことかな。まだアメリカでも感染状況とかけっして楽観できる感じではないようで、各アーティストともいろいろ判断が流動的になっているけれど。ツアーの成功、祈ってます。でもって、日本にもまたやって来てくれる状況になれば最高。そんな日々をこのライヴ盤聞きながら待ち望みます。