Disc Review

I Be Trying / Cedric Burnside (Single Lock Records)

アイ・ビー・トライング/セドリック・バーンサイド

2度目のワクチン接種後、2日目の朝。打った個所の痛みもほとんどなくなって。少なくともぼくに関しては、幸い、特に何事もなく終わったみたい。ひと安心。打ちたいと思ったみんなにワクチンが効くといいなぁ。で、また世界中のいろいろなところへ気軽に出かけていける日々が戻ってくれば最高。

今、このパンデミックを乗り切ろうとするうえで、ネットの発達がものすごく助けになっているのは事実で。世界各地の様々な情報を自宅の端末でかなりの部分までリアルタイムにゲットできるようにはなっているわけだけど。でも、やっぱり実際に旅することって大事だから。“場”の空気とか、やっぱりその“場”に実際に立ってみないとわからないことが多いから。

こちらに個人的に残された時間ってのも、もうそうは長くないわけで(笑)。一日も早く、また内外いろいろな街に旅することができる躍動的な日常が戻ってきてくれますように。心から願います。

そういえば、10年近く前、メンフィスに行ったことがあって。この機会を逃してなるものかとばかり、サン・レコードとかスタックス・スタジオとか今はなきギブソン・ギターの工場とか、現地のいろいろな音楽的名所を訪れたものだ。

そのとき、ウィリー・ミッチェルが所有していたロイヤル・スタジオにも行くことができた。アル・グリーンとかオーティス・クレイとかアン・ピーブルズとか、そういう偉大なシンガーたちがハイ・レコードに残した名盤をたくさん生み出してきた名門スタジオ。ぼくが訪ねたのは2012年。その2年前にウィリー・ミッチェルが亡くなって…というタイミングで。後を息子のローレンス“ブー”ミッチェルが受け継ぎ、新たなスタジオ活動を本格化させようとしていた時期だった。

ブーは新しい時代に適応しようと考えながらも、変えちゃいけないところは絶対に変えないようにしていたみたいで。彼が案内してくれたスタジオ内は、かつていろいろな写真で見たことがある、昔のまんまの様相だった。新しくなっていたのはコントロール・ルームの機材くらい。ヴォーカル・ブースにはアル・グリーンも使ったというマイクがそのままセッティングされていたし、たぶんチャールズ・ホッジズが弾いたのであろう年季の入ったハモンド・オルガンも定位置に固定されたままだったし、ハワード・グライムズが叩いたと思われるドラムも置かれていたし…。

なんか、感動した。20世紀のメンフィスで育まれた偉大な伝統がちゃんと世紀を超えてこの21世紀にもそのまま呼吸しているのだなという感動。そして、それらを雄々しく受け継ぎつつ新時代の音楽を作り出していこうという世代がちゃんと台頭してきているのだというさらなる感動。

ウィリー・ミッチェルが2010年に亡くなってから、ブーはロイヤル・スタジオで、ボズ・キャッグス、クリフ・リチャード、ジョン・メイヤー、ロバート・クレイ、スヌープ・ドッグ、ケブ・モ、ノース・ミシシッピ・オールスターズなど幅広いジャンルの多彩なアーティストたちと仕事をしてきた。エンジニアとして関わったマーク・ロンソン/ブルーノ・マーズの「アップタウン・ファンク」ではグラミーにも輝いた。

と、そんなブーをプロデューサーに迎えロイヤル・スタジオでレコーディングされた新たな1枚が、今朝紹介する本作、セドリック・バーンサイドの『アイ・ビー・トライング』だ。

セドリック・バーンサイド自身、先日ブラック・キーズが新作『デルタ・クリーム』で改めてスポットライトを当てた“ヒル・カントリー・ブルース”の代表的担い手、R.L.バーンサイドのお孫さん。で、収録曲中、「ステップ・イン」と「キープ・オン・プッシング」の2曲にゲスト参加しているギタリスト、ノース・ミシシッピ・オールスターズのルーサー・ディキンソンも、かつてディクシー・フライヤーズのキーボード・プレイヤーとして名を馳せたジム・ディッキンソンの息子。

後継ぎだらけ(笑)。

でも、みんな意識的/意欲的な後継ぎで。頼もしい。人間の生涯などはるかに凌駕するスパンでいきいき息づき続ける伝統音楽の魅力を、新世代なりに担っていこうとする二代目、三代目たちだ。2018年の『ベントン・カウンティ・レリック』以来、3年ぶりの新作。“バーンサイド・エクスプロレイション”“セドリック・バーンサイド&ライトニン・マルコム”“セドリック・バーンサイド・プロジェクト”など様々な名義のものを含めて、これが9作目にあたる。

「プリティ・フラワーズ」1曲を除いてベースレス。キーボードはなし。ギターの弾き語り、あるいはギター+ドラムの簡素かつ隙間だらけの荒々しい音像、そこにセドリック本人あるいはルーサー・ディッキンソンがさらなるギターをオーヴァーダブしたり、本人がドラムを加えたり、アルバム表題曲およびラストを飾る「ラヴ・ユー・フォーエヴァー」ではチェロが独特のポルタメントの効いたフレーズを提供したり、女性コーラスが加わったり…。

なんともユニークなアンサンブル。ヒル・カントリー・ブルースの伝統を現代的な感覚で継承した呪術的/催淫的なギター・リフがえんえんと繰り返される中、効果的にダブル・レコーディングされたヴォーカルがふわふわ舞う。聞き続けるうちにぐいぐい引き込まれていく。

「バード・ウィズアウト・ア・フェザー」がおじいちゃん、R.L.バーンサイドの作品のカヴァー。「ハンズ・オフ・ザット・ガール」がおじいちゃんとともにヒル・カントリー・ブルース・シーンを盛り上げたジュニア・キンブロウの作品。あとはすべてセドリック・バーンサイドのオリジナル曲だ。

歌詞を深く味わうところまではまだ至っていないのだけれど。ずいぶんと曲作り、それも歌詞世界の内省的な深まりが増した感触だけはわかる。胸に届く。現在の社会に対する疑念やメッセージもふんだん。宗教観のようなものも強く打ち出されている。ヒル・カントリー・ブルースは今なお、今の時代に呼吸しながら、こうしてしぶとく生き続けているわけだ。

ロイヤル・スタジオの様子やブーの近影も盛り込まれたビデオクリップもごきげん。奥のひっこんだところにセットされていたハモンドとかはここでは見えないけど、基本的には9年前と全然変わってない。きったねーまんま(笑)。しびれる。

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