Disc Review

Fire It Up / Steve Cropper (Mascot Label Group/Provogue)

ファイア・イット・アップ/スティーヴ・クロッパー

ぼくはヘタくそながら自分でもギターを弾いたりするのだけれど。でも、プレイヤーとしても、もちろんリスナーとしても、実はギター・ソロとか、そういうのにはあまり興味がなくて。好きなのはむしろコード・カッティングとか、ヴォーカルの裏で展開するバック・リフとか、オブリガートとか、そっちのほうだったりする。

もちろん、素晴らしいギター・ソロには興奮するし、超絶テクニックに舌を巻いたりもするし、長尺なジャムに身をまかせて思いきり楽しんだりすることもあるのだけれど。そうではなく、むしろほんの一瞬、歌メロの背後でパキパキッと披露されるワン・フレーズのほうにノックアウト食らう、みたいな。そういうのがものすごく好き。惹かれる。

で、そうした美学の担い手として最高・最強の存在が、この人。スティーヴ・クロッパーなのでした。1941年、ミズーリ州生まれ。1961年にインスト・バンド、マーキーズの一員としてシングル「ラスト・ナイト」を大ヒットさせたのち、ブッカー・T&ジ・MGズに加入。スタックス/アトランティック系の無数の名作R&Bを、ギタリストとして、あるいはソングライターとして生み出してきた。映画『ブルース・ブラザーズ』での勇姿もおなじみ。

けっしてむずかしいフレーズを弾いているわけではない。なのに、他のギタリストには絶対に真似のできない、強烈に“記憶に残る”プレイを聞かせるワン・アンド・オンリーな存在だ。サム&デイヴの「ソウル・マン」のイントロとか、1弦と3弦だけ押さえて、7フレット→5フレ→10フレ→12フレ→14フレ…って動かすだけで、あのむちゃくちゃかっこいいフレーズができあがっちゃう。

でも、ただ弾くだけじゃまったくクロッパーの“あの感じ”にはならない。それこそ入魂というか、ソウルのぶち込み方みたいなものがどれだけ重要か、それをクロッパーは思い知らせてくれる。弾く者のソウルがあれば、どんなに簡単なフレーズだろうが、もうありえないくらいファンキーに躍動するんだ、と彼のギターは教えてくれる。ほんとかっこいいギタリストだな、と思う。

そんなクロッパー師匠。79歳にして、新作ソロ・アルバムを届けてくれた。2011年の『デディケイテッド〜ア・サルート・トゥ・ザ・ファイヴ・ロイヤルズ』以来。といっても、あのアルバムはB.B.キング、スティーヴ・ウィンウィッド、ブライアン・メイ、ルシンダ・ウィリアムス、ベティ・ラヴェット、シャロン・ジョーンズ、ダン・ペンらを迎えて黒人R&Bヴォーカル・グループの草分け、ファイヴ・ロイヤルズへのトリビュート・アルバムとして制作したカヴァー・アルバムだった。

そういう意味では、まあ、今回は単独名義ではあるものの、以前フェリックス・キャヴァリエとの連名でリリースされた書き下ろし曲中心の共演アルバム2作、2008年の『ナッジ・イット・アップ・ア・ノッチ』と2010年の『ミッドナイト・フライヤー』の続編的なものととらえるべき1枚か。実際、キャヴァリエさんも2曲にキーボード/ソングライターとして参加している。

その2曲はそれら2作の共演アルバムをレコーディングした際、どちらのアルバムにも今ひとつ合わない感じがしてお蔵入りさせた音源らしい。が、それをプロデューサーのジョン・タイヴンが保管していて。パンデミックの中、クロッパーと連絡を取り合いながら、それらを改めて活かすことにしたのだとか。そのお蔵入り音源を発展させる形で新曲も次々誕生。めでたく新作アルバムが完成したというわけだ。

スティーヴ・クロッパーがギター、ジョン・タイヴンがベース、サックス、キーボードなど、ナイオシ・ジャクソンがドラム、そしてロジャー・C・リアリがヴォーカル。全曲、クロッパーとタイヴンの共作曲で、前述の通りキャヴァリエが2曲に絡んでいる。歌詞はほぼリアリが書いたとのこと。レコーディングはかなりの部分、リモート環境でのやりとりで行なわれたらしい。

若干ヴォーカルが雑かな…と思えたりもするのだけれど、なにやら歌入れはiPhoneでやったとかインタビューで語られていた。まじか? 回線を通じてということではなく、iPhoneで録ったヴォーカル音源をデータで受け渡ししたのかな。

いずれにしても全編を通じて痛快なR&Bの雨アラレ。新しい要素など何ひとつなし。伝統オンリー。時代の最先端の空気感が云々ということにこだわるタイプの音楽ファンからはボロクソ言われそうな1枚ではあるけれど、いやいや、問題なし。十分かっこいいから。楽しいから。冒頭で書いたようなバッキング・ギタリストとしての美学に貫かれたクロッパーのギター・プレイを存分に楽しめる。もちろんギター・ソロも随所にある。ギターが主役を張るインスト曲もある。ただ、そういうところで聞けるソロも、なんかリフの延長というか、長めのオブリというか…(笑)。

確かに自身のソロ名義で出した盤だけれど、あくまでもチームとして、バンドとして力を合わせた1枚に仕上げようという思いが強く感じられて。それがまた泣ける。このアルバムについて、クロッパーさんがかっこいいこと言ってますよ。曰く——

「バスケット・ボールのチームが勝つとき、3ポイント・シュートを入れた選手が偉いわけじゃない。彼がシュートできるように導いたチームが偉いのさ」

しびれるね。

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