Disc Review

First Take (Remastered Deluxe Edition) / Roberta Flack (Rhino/Atlantic)

ファースト・テイク(リマスタード・デラックス・エディション)/ロバータ・フラック

毎年、レコード・コレクターズ誌などで再発ものの年間ベストとか選ばせてもらっているのだけれど。ジャンル的に“ロック/ポップス”というのを担当させていただいているもんで、去年、リストから漏れてしまったものに、ロバータ・フラックが1969年にリリースしたデビュー・アルバム『ファースト・テイク』のデラックス・エディションってやつがあって。

これ、再発ものの重鎮、米ライノ・レコードが編纂した1LP+2CDのセット。本来ならばリリースから50周年にあたる2019年に出る予定だったにもかかわらず、なんだかんだで遅れに遅れて去年、2020年の夏、ようやく全世界3000セット限定でリリースにこぎつけたものだった。

で、なんでそんな去年の再発盤を今ここで取り上げているのかと言うと。そのデラックス・エディションと同内容の音源が先月末、ストリーミング解禁になったから。リリース50周年を期に編纂が始まって、51年目にずれ込みつつようやくフィジカル・パッケージが出て、52年目にストリーミングがスタート。フィジカル・パッケージ買っちゃった身としては、なんとなく複雑な気分ではありますが(笑)。気軽にこの素晴らしい音源に接することができるようになったのは、やはりめでたい。というわけで、紹介しましょう。

ちなみに、もともとのフィジカル・パッケージがどうなっていたかを説明させてもらうと。オリジナル・ジャケット・アートを活かした見開きのハードカヴァー・ジャケットに2枚のCDと1枚のアナログ盤が収録されていた。12インチLPよりも一回り大きい、分厚くて固い表紙を開くと、表2の部分に上開きのアルバム・ジャケットもどきが裏向きに貼り付けられている。ジャケ裏の復刻ってわけだ。もちろん、オリジナルLP通り、レス・マッキャンのライナーも掲載。そこにオリジナルLPを復刻したブラック・ヴァイナルと、再発をディレクティングしたジョセフ・ネイザンによる詳細なライナーを含むブックレットが封入されていて。対抗ページ側にCDが2枚セットされている。まあ、パッケージのアイデアは悪くないかもしれないけれど、扱いにくい仕様でした(笑)。

これが去年9月、ブツが届いたときにアップした喜びのインスタです(笑)。

アナログLPにはオリジナル盤そのままの全8曲を収録。音源は2020年最新リマスター・ヴァージョンだ。CD1はその8曲に加え、「コンペアド・トゥ・ホワット」と「愛は面影の中に(The First Time Ever I Saw Your Face)」のシングル・エディット・ヴァージョン、および「愛は面影に…」の崇高すぎるシングルB面曲「トレイド・ウィンド(Trade Winds)」を追加。

CD2は、ロバータがアトランティック・レコードと契約を交わすにあたって大いに尽力したレス・マッキャンの1968年のライヴに客演した若きロバータの歌声をフィーチャーしたフランク・シナトラのカヴァー「オール・ザ・ウェイ」でスタート。これは1990年に発掘リリースされた『レス・イズ・モア』に入っていた既発ヴァージョンだけれど。曲の前後に当時のロバータのことを語るマッキャンの興味深いコメントが挿入されている。

で、そのあとは1968年11月、やがてファースト・アルバムのプロデュースを手がけることになるジョエル・ドーンの下、ロバータ(ピアノ、ヴォーカル)、マーシャル・ホーキンス(ベース)、バーナード・スウィートニー(ドラム)という編成で2日にわたって録音された未発表デモ音源が12曲。

内訳は、ロバータが書いたとも言われる「グルーヴ・ミー」(作者不詳とクレジットされているけど)をはじめ、トラディショナルの「フランキー・アンド・ジョニー」、ベッシー・スミスの名唱でおなじみのブルース・スタンダード「ノーバディ・ノウズ・ユー・ホエン・ユーアー・ダウン・アンド・アウト」、「愛は面影の中に」同様、ピーター・ポール&マリーが歌っていたフォーク・ナンバー「ソング・イズ・ラヴ」「ハウス・ソング」「ハッシャバイ」、ジョン・コルトレーンの名演でも知られるモンゴ・サンタマリア作「アフロ・ブルー」、レス・マッキャン作「イッツ・ウェイ・パスト・サパータイム」、ルルのポップ・ヒット「いつも心に太陽を(To Sir With Love)」、マーヴィン・ゲイ&タミー・テレルのポップR&B「エイント・ノー・マウンテン・ハイ・イナフ」、スティーヴ・アレンの「ジス・クッド・ビー・ザ・スタート・オヴ・サムシング」、『マイ・フェア・レディ』の挿入歌「君住む街角(On the Street Where You Live)」。ブルース、フォーク、ジャズ、ポップ、ゴスペル系、ミュージカルものなど、なかなかの振り幅。でも、そのすべてを見事自らのものにしてしまっているロバータの歌心に、デモ音源ながら圧倒される。

これらの音源が2月末についにサブスク・シーンに加わったわけだ。Apple MusicやSpotifyでのストリーミングが開始。ハイレゾのダウンロード販売も始まった。まあ、ストリーミングなので、前述した豪華ブックレットとかは読めないわけだけれど。なんたって、この豪華なデラックス・エディションの限定フィジカル版は SoulMusic.com でしか買えなくて。しかもぼくの場合は届くまでにけっこう時間がかかったし。そういうめんどくささなしに音にアクセスできるのは何より。やはり歓迎すべきことです。

なので、まだ本アルバム未体験の方は、ぜひ気楽に、存分に、若きロバータの魅力を味わい尽くしてほしい。すでに触れたボーナス音源ももちろん貴重なのだけれど、やはりそれに続いてレコーディングが実現した全8曲入りのオリジナル・アルバムこそが素晴らしい。1969年に全8曲をたった3日間、実働10時間で録り終えてしまったという、若きロバータの才能炸裂の1枚。パーソネルは、ロバータ(ピアノ、ヴォーカル)、ジョン・ピザレリ(ギター)、ロン・カーター(ベース)、レイ・ルーカス(ドラム)。そこにウィリアム・フィッシャー編曲のストリングス・セクションやホーン・セクションが加わる。

これも前述したデモ同様、実に幅広い選曲をすべてロバータ色に染め上げた名演ぞろい。ジーン・マクダニエルズ作の「コンペアド・トゥ・ホワット」、1940年代のメキシコ映画の主題歌「黒い天使(Angelitos Negros)」、のちにデュオ活動もすることになるダニー・ハザウェイ作の「アワ・エイジズ・オア・アワ・ハーツ」と「トライン・タイム」、スピリチュアルの「アイ・トールド・ジーザス」、レナード・コーエン作の「さよならは言わないで(Hey, That's No Way to Say Goodbye)」、ご存じロバータにとっての出世作シングルともなった「愛は面影の中に」、そして1959年のジャズ・ミュージカル『ナーヴァス・セット』の挿入歌だった「バラッド・オブ・ザ・サッド・ヤング・メン」。

全編、淡々と、静かに綴られた大傑作アルバム。でも、淡々としすぎていたのか1969年にリリースされた当初はまったく売れず。1971年になってからクリント・イーストウッドの初監督映画『恐怖のメロディ(Play Misty for Me)』に「愛は面影の中に」が使われたのをきっかけに少しずつ注目が集まり、それがやがて1972年の全米年間チャートで1位を獲得する特大ヒットに。とともにアルバムもベストセラーを記録した、と。

そう思うと、今年が「愛は面影の中に」に注目を集め出してから50周年なので。ストリーミング開始のタイミングはこれでいいのかも(笑)。ぼくも「愛は面影の中に」のヒットをきっかけに後追いでシングルを買って聞き始めたクチだから、あのシングルのB面に収められていたオリジナル・アルバム未収録曲「トレイド・ウィンド」のリマスターも含めて、ものすごくうれしいです。間もなく3月12日にはオリジナル・アルバム単体でのヴァイナル再発もあるみたい(Amazon / Tower)。

その後、よりポップさを増して、さらなる人気を獲得していくことになるロバータだけれど。個人的にはこのデビュー当初の彼女のひたすら静かな、でも確かな意志に貫かれた歌声がいちばん好きかも。

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