Disc Review

Nobody Cries Today / Matt Lovell (Tone Tree Music)

ノーバディ・クライズ・トゥデイ/マット・ラヴェル

ナッシュヴィルを本拠とするシンガー・ソングライターのデビュー・アルバム。

と、そのくらいしか確かな情報がなくて(笑)。あまりたいした紹介もできないのだけれど。なんかとても気になった1枚。カントリー・ソウルのような、ブルー・アイド・ソウルのような、フォークのような、アメリカーナのような…。素晴らしくナチュラルな音像の下、9つの物語が提示されている。

ナイロン弦、スティール弦取り混ぜたアコースティック・ギターの響きを中心に据え、ウッドベース、キーボード、ドラムで、淡々と、ていねいに、必要最低限のサポートを展開。ここぞで鳴るハモンドの響きが実にいい味だ。曲によっては、ふわっとした弦楽アンサンブルが全体を包み込んでいたりも。プロデュースはジャーズ・オヴ・クレイのマット・オドマーク。シックスペンス・ノン・ザ・リッチャーのリー・ナッシュがデュエット・パートナーとして参加している。

マットさんは米南部出身で。ゲイだったこともあり、保守的な土地柄の下、子供のころからありのままの自分をどう受け容れればいいのか、複雑な思いを抱きながら歩んできたらしい。そうした体験も下敷きにしながら編み上げられた独特の世界観が印象的だ。

いちばん古い曲のレコーディングは2012年にスタートしたそうだが、大半の曲は2016年に録音され、ほぼ完成に至っていたとのこと。ところが2017年、マットさんはなんと車強盗に遭遇。犯人の16歳の少年から胸を撃たれて重症を負い瀕死の状態に。なんとか一命を取り留めたものの、しばらくはその怪我からの回復とPTSDの治療の日々。アルバムの完成が思いきり遅れ、今に至ってしまったのだとか。

まさに波乱の人生。が、そんな様々な苦難やトラウマから目をそらすことなく、けっして激することもなく、かといって内省に埋没しすぎることもなく、この人にしか描けない物語を、静かに、確かに綴っていく。そういう、まさにシンガー・ソングライターっぽいパーソナルな表現とともに、ナッシュヴィルでソングライティングのスキルを磨いた者ならではの、なんというか、ある種の“定型感”というか、そういうのも見え隠れしていて。その辺のバランスが悪くない。

先行トラックとして公開されたゴスペル風味の「90プルーフ」では“あなたのことを忘れられない証拠が90個あるんだ/だからぼくは今夜ひとり酔いつぶれている…”とか“あなたの電話番号を忘れようと何度も思った/でも指が覚えているんだ…”とかソウルフルに吐露。ありがちな表現だなと思いつつも、泣けます。

ギャヴィン・デグロウとか、エイモス・リーとか、ジェシー・ハリスとか、ジェイソン・ムラーズとか、ジョン・メイヤーとか、あるいはルーファス・ウェインライトとか、そのあたりとイメージが重なる感じもなくはないけれど、シンプルながら深いアコースティック音像も含めて、ちょっと気になる新キャラのデビュー作。今のところストリーミング/ダウンロードのみみたい。フィジカルは秋に出るそうです。

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