タニヤ・ドネリー&ザ・パーキントン・シスターズ/同
1980年代にスローイング・ミュージズの一員としてデビューして、その後、ブリーダーズ、ベリーなどを経て、1990年代半ばからはソロで活動しているボストン本拠の女性シンガー・ソングライター、タニヤ・ドネリー。このところバンドキャンプを通じて頻繁に多彩なカヴァー曲に挑むシングル〜EP企画に取り組んで、地元のクラブやミュージシャンたち、そしてブラック・ライヴズ・マター運動などを支援したりしていたけれど。
最近、面白いカヴァー企画が続出しているけれど、そのあたり、パンデミック下ならではのことなのかも。ステイホームしながら自らのルーツを改めて見つめ直してみたからこそなのかもしれないし、空いた時間を有効活用していつもとは違うことをしてみよう的なことかもしれないし、いつどうなるかわからない状況だけに、今のうちに心から好きな歌を自分でも歌っておきたい的なことかもしれないし…。
で、今回出たタニヤさんの新作フル・アルバムもカヴァーものだ。バンドキャンプで次々聞かせてくれていたのが基本的にはタニヤ本人が奏でるギターを中心に据えたシンプルかつアコースティックな音像でのレコーディングだったのに対して、こちらは弦楽アンサンブルがメイン。やはりボストン周辺で活躍するザ・パーキントン・シスターズと組んだ1枚だ。
パーキントン・シスターズは2011年以降、自身のフル・アルバムやEPも何作かリリースしていて、この秋には新作も予定されているみたいだけれど。すいません、ぼくは不勉強ゆえ、まったくノーマークでした。なかなか素晴らしいストリングスとコーラスを聞かせる3姉妹だか4姉妹だか…いや、本当の姉妹なのかどうかはよくわからないけど、とにかく女性3人組のような4人組のような…。写真によって3人だったり4人だったりするもんで(笑)。
1年半ほど前、地元のギグで共演したのをきっかけに彼女たちと知り合いその独特のアンサンブルに惹かれたタニヤさんは、新作カヴァー・アルバムへの参加を打診。今回のプロジェクトは、単にちょっと歌ってみたかった曲を集めました、という感じにはしたくなかったようで。タニヤさんにとって一生のヘヴィー・ローテーション・ナンバーというか、自分でもこんな曲を書きたいと思わせてくれたソングライターたちの作品を9曲厳選してリメイクするという気合いの入った企画。それだけにユニークな音像を提供してくれるであろうパーキントンズの協力が重要だった。姉妹のほうももちろん快諾。こうして選曲的にも、アレンジ的にも、なんとも興味深いカヴァー・アルバムが誕生した。
今回、タニヤさんはヴォーカルのみ。パーキントンズのローズさんがギター、ピアノ、そしてコーラス。サラさんとアリエルさんがヴァイオリンとヴィオラ、コーラス。リディアさんがチェロ。レコーディング・エンジニアもつとめたジョン・エヴァンスがベース、エレクトリック・ギター、パーカッション。マシアンズ・ボッシがドラムとパーカッション。
取り上げている楽曲はゴーゴーズの「オートマチック」、レナード・コーエンの「哀しみのダンス(Dance Me to the End of Love)」、キンクス(というか、タニヤさんはカースティ・マッコールのヴァージョンを下敷きにしているらしいけど)の「デイズ」、エコー&ザ・バニーメンの「オーシャン・レイン」、ポール・マッカートニー&ウイングスの「レット・ミー・ロール・イット」、プリテンダーズの「キッド」、マイケル・ネスミス(というか、リンダ・ロンシュタット&ザ・ストーン・ポニーズでおなじみ)の「悲しきロック・ビート(Different Drum)」、スプリット・エンズの「デヴィル・ユー・ノウ」、そしてメアリー・マーガレット・オハラの「ユー・ウィル・ビー・ラヴド・アゲイン」。
これ見よがしに曲想や構成を大幅変更することなく、原曲のギター・リフとかをそのままストリングス・セクションに移し替えて、音像と歌声の違いだけで個性を打ち出すパターンが基本。それでいて深みがぐっと増しているような…。それがむしろ原曲に対する敬愛の念を強く感じさせてくれる。
「哀しみのダンス」とか、レナード・コーエンのオリジナル・ヴァージョンに漂う“やさぐれ気味の退廃”みたいな手触りとはまたひと味違う、壊れそうに繊細な切なさのようなものに貫かれていて。泣ける。キンクスの「デイズ」もずいぶんとキュートに。例の強力なギター・リフを弦楽で奏でるウイングスの「レット・ミー・ロール・イット」も曲の奥底に潜む別の表情が浮き上がってくるようで面白かった。
さりげない好盤。