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Disc Review

American Standard / James Taylor (Fantasy/Concord)

アメリカン・スタンダード/ジェイムス・テイラー

今から50年前。まだ新人アーティストだった若きジェイムス・テイラーのアルバム『スウィート・ベイビー・ジェイムス』を初めて聞いたときのショックは忘れられない。本当にいろいろな面でショックを受けたのだけれど、そのうちのひとつがJT自ら奏でるギター。ギターという楽器がこれほどイマジネイティヴで、柔軟で、美しいものだということを思い知らされた。これを聞いて、わー、いいなー、ぼくも本格的にギターを弾けるようになりたいなー、と思った。

「サニー・スカイズ」のシンコペーションを効かせた低音弦のフレーズと4分音符で刻むコードとのリズミックなコンビネーションとか、「ファイア・アンド・レイン」のスライドを効果的に使ったイントロのフレージングとか、「カントリー・ロード」のドロップDチューニングによる雄大な広がりとか、表題曲の巧みなベースラインを綴る右手親指の神ワザとか…。高校時代、まだ教則本とかビデオとかまるでなかったころ、同級生のマツモトとあれこれ情報交換しながらコピーしたなぁ。懐かしい。

そして、アルバム中唯一のカヴァー曲だったスティーヴン・フォスター作の「オー・スザンナ」。普通にスリー・コードで演奏されることが多い、というか、もともとそういうふうに作られた素朴な曲だ。が、たとえば冒頭の“Well I come from Alabama with a banjo on my knee”という歌詞の部分のコード、普通ならずっとCで、最後の“knee”ところだけG7に動くところを、JTは、Cmaj7→Dm7→Em7→Am7→Cmaj7→Am7→Dm7→Dm7(on G)と1拍ずつ動いて、なんともジャジーな、洗練されたムードを作り上げていた。かっこよかった。

まあ、ヘタクソながらとりあえずずっとギターを弾き続けてきたこともあって、ぼくも今となってはこの種の手法がごく当たり前の音楽的ノウハウであることを知ってはいるのだが。当時、高校生でギターを始めたばかりだったぼくにはこの上なく衝撃的な経験だった。学校で教わったときはちょっと退屈にすら思えた「オー・スザンナ」が、アプローチひとつでこんな素敵な曲に生まれ変わるなんて…! メロディに対するコードの在り方、みたいなものを根本から教えてくれた恩人がジェイムス・テイラーだった。

ぼくにとって、この部分こそがJTのカヴァーものを聞くときの最大の楽しみだ。カヴァー・シングルとしてヒットした「ハンディ・マン」とかもそう。たとえば、いわゆる〈A’〉のパート、“I'm not the kind who uses pencil or rule / I'm happy with love and I'm no fool”という歌詞の部分、オリジナルのジミー・ジョーンズ版だと“I→vi”、JTヴァージョンのキーで言うとEとC#mとをそれぞれ2小節ずつ、ごくフツーに鳴らして乗り切っているのだけれど。

そこをJTは、E(1小節)→B(2拍)→C#m(2拍)→F#m7(2拍)→G#m7(2拍)→C#m7…と刻む。そして、ちょっとコミカルな味をたたえたオリジナル・ヴァージョンとはひと味違う、深みのある世界観が現出する。これがいいのだ。だから、ぼくはJTのカヴァーが大好き。彼の紡ぎ上げるオリジナル曲の素晴らしさはもちろんだけれど、時折アルバムに収められるカヴァー曲もまた、ジェイムス・テイラーという素晴らしい音楽家の才能を思い知らせてくれるものとして愛聴してきた。

「オー・スザンナ」や「ハンディ・マン」以外にも、シンガー・ソングライター仲間のキャロル・キング作の「君の友だち(You’ve Got A Friend)」や「アップ・オン・ザ・ルーフ」を取り上げたり、チャック・ベリーの「ザ・プロミスト・ランド」やバディ・ホリーの「エヴリデイ」のようなロックンロール・オリジネイターたちの楽曲に挑んだり、マーヴィン・ゲイの「ハウ・スウィート・イット・イズ」やボビー・ウーマックの「ウーマンズ・ガッタ・ハヴ・イット」、サム・クックの「エヴリバディ・ラヴズ・トゥ・チャチャチャ」のような新旧ポップ・ソウルを自分なりにリアレンジしてみたり、「イッツ・オンリー・ア・ペイパー・ムーン」や「マイ・ロマンス」、「ウォーキング・マイ・ベイビー・バック・ホーム」のようなポピュラー・スタンダード曲を取り上げたり…。

R&B〜ロックンロール系の楽曲をたっぷり取り上げた2枚のカヴァー・アルバムもあった。あれもよく聞いた。それらも含めて、JTのカヴァー曲は本当にセンスがいいし、楽しい。そんなラインアップに、もう1枚、とてつもなく素晴らしいアルバムが加わることになった。それが本作『アメリカン・スタンダード』だ。昨夜からJTのYouTubeチャンネルでリスニング・パーティが行なわれていたり、ついさっきまでニューヨークのiHeartラジオ・シアターからの発売記念ライヴが生中継されていたり。盛り上がっております。

その名の通り、いわゆる“グレイト・アメリカン・ソングブック”と呼ばれるポピュラー・スタンダード・ナンバーを集めて、JTならではのアプローチ満載のアレンジで“リイマジン”してみせた1枚。デイヴ・オドネルとジョン・ピザレリが共同プロデュース。レコーディングはマサチューセッツ州にJTが所有する木を基調にした“ザ・バーン”スタジオで。ロサンゼルスやナッシュヴィルでも追加レコーディングが行なわれた。

スティーヴ・ガッド(ドラム)、ルイス・コンテ(パーカッション)、ラリー・ゴールディングズ(キーボード)、 シミー・ジョンソン(ベース)、ヴィクター・クラウス(ウッド・ベース)、スチュアート・ダンカン(フィドル)、ジェリー・ダグラス(ドブロ)、ウォルト・ファウラー(トランペット)、ルー・マリーニ(サックス)ら腕ききミュージシャンたちがさりげなく、しかし、これ以外ないという的確なプレイでバックアップしている。アーノルド・マッカラー、ケイト・マーコウィッツ、ドリアン・ホリー、アンドレア・ゾンらコーラス隊も素晴らしい。

ジーン・オースティンの1928年のヒットとしておなじみ「私の青空(My Blue Heaven)」に始まり、映画『ティファニーで朝食を』の主題歌「ムーン・リヴァー」、先述お披露目ライヴでJTがダイナ・ワシントンによるヴァージョンが好きだと語っていた「ティーチ・ミー・トゥナイト」、猫を主人公にした1938年のアニメ映画『キャットニップ・カレッジ』の挿入歌というヒネリわざ的な「アズ・イージー・アズ・ローリング・オフ・ア・ログ」、ミュージカル『ブリガドーン』からの「オールモスト・ライク・ビーイング・イン・ラヴ」、ミュージカル『ガイズ&ドールズ』からの「シット・ダウン、ユーアー・ロッキン・ザ・ボート」、ホーギー・カーマイケル作の「ニアネス・オヴ・ユー」。

ここで折り返して、ミュージカル『南太平洋』からの、ちょっと意味深な「ユーヴ・ガット・トゥ・ビー・ケアフリー・トート」、ビリー・ホリデイの名唱で知られる「ゴッド・ブレス・ザ・チャイルド」、同名映画の主題歌としてビング・クロスビーが有名にした「ペニーズ・フロム・ヘヴン」、ロジャース&ハート作の名曲「マイ・ハート・ストゥッド・スティル」、ミュージカル『ショウボート』からの「オール・マン・リヴァー」、映画『プリティ・リーグ(A League of Their Own)』のサントラで一度カヴァーしたこともあるハロルド・アーレン作の「イッツ・オンリー・ア・ペイパー・ムーン」の再演版、そしてミュージカル『オクラホマ』からの「飾りのついた四輪馬車(The Surrey with the Fringe on Top)」を現在の奥さま、キャロライン“キム”テイラーとデュエット…。

宝石のような全14曲。いい歌詞といい旋律といいヴォーカルといいアレンジと…。ここにはただただ素敵な歌があるだけ。

いろいろなことがありすぎて、なにかとイライラ、カリカリするばかりの今日この頃、心を清々しくリセットするために最高の逸品か、と。日本盤はボーナス2曲追加みたい。まだ入手できてません。やばい。フィジカルも買わなきゃ。

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